045 クロウズ試験12――危機管理
おっさんに肩を貸したまま階段を目指す。
その歩みの遅い俺たちを狙うように何も乗っていない蟹もどきたちが集まってくる。ガラクタを乗せていない分、移動が早くなっているようだ。こちらはお荷物で遅くなっているというのに不公平だ。俺の荷物を投げ渡したいくらいだ。
おっさんに肩を貸したまま手に持ったサブマシンガンの引き金を引く。銃が生み出す反動が傷に響く。銃の反動に負け、射線が狙いから逸れていく。傷、か。俺の体の中にヤツらの銃弾は残っていないようだが、少し不味いかもしれない。
そして、(予想できていたことだが)最悪なことにサブマシンガンから放たれた銃弾は蟹もどきの体にあっさりと弾かれていた。足止めにもならないか。
「おいおい、しっかりして欲しいんだぜ」
「しっかりして欲しいのはこっちだ。少しは本気を出してくれ」
フールーは手に持ったナイフをくるくると回しながら周囲を警戒している。そう、警戒しているだけだ。自分から動こうとしない。自分が狙われた時だけ動くつもりなのだろう。
動かない理由は……俺がどうするかを観察しているから、か。なんの狙いがあるのか知らないが犯人捜しはもっとゆっくり出来るようになってからして欲しいものだ。
「俺はいつだって本気なんだぜ」
「嘘と冗談も本気らしい」
「おいおい、お前ら言っている場合かよ。追いつかれるぞ」
顔を小さく動かし後方を確認する。だが、観音戦車が動き出すにはまだ時間がかかるようだった。まだ追いつかれないだろう。
次の瞬間には俺たちの真後ろに来ていた蟹もどきが飛びかかって来た。
「おい、おーいぃぃ!」
おっさんが情けなく叫ぶと同時に、その蟹もどきが真っ二つになる。
やれやれだ。
「良く切れるな。二本のうち、一本を貸してくれ。自分の銃は役に立ちそうにない」
「ほいほいと自分の武器を貸すヤツはいないんだぜ。ここはマシーン以外にビーストどもも出るはずなんだぜ。それはそれで持っておくんだぜ」
ビースト?
そういえば試験の説明の時に試験官が言っていたような気がする。
ビーストか。まだまだおかわりは続きそうだ。
迫ってきていた蟹もどきをフールーになすりつけるように動く。フールーがナイフで切り裂く。
「何をするんだぜ」
これも連携だ。
そんなこんなで階段に辿り着く。
そこでは不機嫌な様子で階段に座ったドレッドへアーの女と、さらにフードを深くかぶった男が待っていた。
「なんで戻ってきたの?」
そしてこちらに気付いたドレッドへアーの女の第一声がこれだ。
「弾切れだ」
肩を貸していたおっさんが答える。ああ、確かに弾切れだ。弾切れだよ。
「ふーん、考えて使わないからじゃない?」
「ああ? お前だって似たようなものだろうが」
おっさんとドレッドへアーの女が俺とフールーを無視して言い争いを始める。
付き合いきれないな。
肩を貸していたおっさんを投げ捨て、肩を竦める。
「お、おい、急に……」
何か言いたそうなおっさんを無視して上を見る。かすかに振動し、パラパラと粉が落ちている。未だに嵐は止んでいないようだ。
「この嵐は試験に組み込まれたものか?」
俺は誰にとは言わず聞く。
「分からないんだぜ? だが、自然に起きたとは思えないんだぜ」
自然に起きたとは思えない? 確かにその通りだ。この嵐、タイミングが良すぎる。
『ふふん』
またも思わせぶりなセラフだ。コイツの性格には付き合いきれない。人工知能なのにろくでもない性格だ。
『で、何が言いたい?』
『お馬鹿なお前でもこうすれば分かるでしょ』
右目に広がっていた赤と青の光点とは別に渦が表示される。
『もしかして地上の嵐か』
そして、その渦の中心には赤い光点が灯っていた。
まさか。
そういうことか。
……どうやら自然の嵐ではなかったようだ。となると、嵐が通り過ぎるのを待つのは難しいか。二日目が始まったばかりで、まだ明日もあるというのにハードなスケジュールだ。
「首輪付き、どうするんだぜ」
「説明する」
俺は未だおっさんと言い争っているドレッドへアーの女と落ち着かない様子のフードの男を見る。
「あ、あれは何なのですか!」
フードの男が現れた観音像戦車を指差す。そのいくつもある観音像の手には機関銃が握られていた。準備は終えているようだ。
「敵なんだぜ」
「だから、なんでこっちに連れてきたの!」
ドレッドへアーの女が叫んでいる。俺はそれを無視する。
「あいつらの弱点は正面中央、手と手を合わせた場所だ。そこを狙撃して欲しい」
「なんで銃の貴重なエネルギーを使って私が!」
その狙撃銃なら攻撃が通るからだよ。
「何故、そこが弱点だと分かるのですか? 口から出任せを言って私たちをおとりに使うつもりなのでしょう」
どうやらこのフードの男は逃げるのに一生懸命で俺が観音像戦車の一体を倒したところは見ていなかったようだ。
「首輪付き、こいつら話にならないんだぜ」
確かに話にならない。俺は腕を組み考える。
どうする?
コイツらから狙撃銃を奪って戦うのが一番良いのかもしれないが、あいにくと自分は使い方が分からない。
『教えるけどぉ?』
となると、だ。
「フールー、狙撃銃の扱いは?」
「だから無理だって言ってるんだぜ。俺はコイツだけなんだぜ」
フールーがナイフをくるくると回す。まるで曲芸師のようだ。
……。
階段まで戻ってきたが事態が好転していない。それどころか、ただ追い詰められただけだ。
……。
いっそ地上部分に出るか。嵐が直撃しているといっても建物の中だ。風を防げる場所もあるはずだ。
『だから、教えるって!』
機関銃を構えた観音像戦車が迫る。一体、二体、三体……次々と現れる。
俺は大きく息を吐き出し、動く。フードの男が持っていた狙撃銃を蹴り上げ、奪い取る。
『どうやって扱う』
『ふふふん。そうやって最初から素直に……』
『早く言え』
『はぁ!?』
『早くしろ。お前が狙っている俺の体がボロボロになっていいのか?』
『弾道はほぼ減衰無し。レティクルを表示するから、そのまま撃てば?』
右目に照準が表示される。体の動き、震えに対応した予測弾道まで表示されている。
……。
これで外す方が難しいか。
俺は引き金を引く。
放たれたエネルギー弾が観音像の手と手を合わせ祈っている部分を貫く。その一撃だけで一体目が動かなくなった。
『なかなかの威力だ』
『だから言ったでしょ! 最初から選んでいれば楽が出来たのに馬鹿なの!』
俺はセラフの言葉を無視してフードの男に狙撃銃を突き返す。
「お手本は見せた。その通りやれ」
「人のものを奪って何を勝手に……」
「いいからやれ」
「まったく、近頃の子どもは……いや、このような子どもでも出来たのですから私なら……」
俺が少し睨み付けるとフードの男はぶつぶつと言いながらも狙撃銃を構え始めていた。
これでなんとかなる……か?




