449 湖に沈んだガム32――セラフ!
俺がやるべきことはシンプルだ。
こいつらを倒す。
だが、そのためにはどうすれば良いのだろうか?
五人のピエロのような化粧を施した少年たちは好き勝手なことを言いながら楽しそうに踊っている。
どうやって倒す?
俺の手札は何がある?
手札――まずは斬鋼拳だ。
斬鋼拳はもう通じないのだろうか? 斬鋼拳を脅威に思ったこいつらが通用しないというアピールをした――ブラフだった、という可能性が無い訳では無い。さっきは通用しなかったが、どうにか不意を突けば斬鋼拳で殺せるかもしれない。だが、その隙をどうやって作る?
……。
こいつらはナノマシーンを操る。俺の体のナノマシーンを直接操ることは出来ないようだが、俺の手から離れたものは問題無く操作してくるだろう。何も考えずに斬鋼拳を放てば、先ほどと同じようにナノマシーンの命令を書き換えられて終わりだ。
隙。
パッと見は何も考えず踊っているようにしか見えないが、油断は出来ない。こいつらの目は笑っていない。しっかりと俺を見ている。
……。
とりあえず斬鋼拳は無しだ。では、どうする?
ナイフで戦う? 五対一で、か。こいつらがどんな武器を持っているか分からない。不用意に近づくのは危険だろう。
一番良いのは戦車砲の一撃で消し飛ばすことだろう。こいつらがシールドを張れたとしてもNM弾なら貫通して倒せるはずだ。ここまで来れば残弾を気にしてケチる必要は無い。
……。
だが、その肝心のドラゴンベインが動かない。こいつが遠隔操作でドラゴンベインの動きを封じているのは間違いない。クルマはこいつらにとって脅威なのだろう。
どうする? どうやって倒す?
問題はまだある。一番の問題は、こいつらが、この五人で終わりとは限らない――ということだ。こいつは記憶を転写したクローンだと言った。増やそうと思えばいくらでも増やせるのではないだろうか。
どうやって倒す?
俺の手札――
ふぅ。
俺は大きくため息を吐く。
ごちゃごちゃと難しく考えすぎだ。
やることはシンプルだ。
こいつらを倒す。この五人が全てではないと言うのならば新しく現れた奴も倒す。
それだけだろう?
何も悩む必要は無い。
俺はナイフを構え、走る。離れていた距離を詰める。踊っているピエロのような化粧を施した少年たちへと踏み込む。まずは一人目を――その首へとナイフを突き出す。
「はっは、油断出来ないね、油断しないよ」
「はっはっは、残念」
「思考を加速していなければ危なかったね。はっは、危なくないよ」
俺の突き出したナイフが少年たちの一人に掴まれる。止められた。だが、それは想定内だ。
俺はパッとナイフを握っていた手を放し、そのまま肩を突き出す。そうやって一人目の少年を押しのけ、その後ろに隠れていた少年の腹に掌底を突き込む。
「はっはっは……え?」
楽しそうに笑っていた少年が顔を歪め、口から白い液体を吐き出す。感触的に内臓を潰したと思ったのだが、失敗したようだ。一人目を斬鋼拳で殺した時に血が噴き出していた。こいつらにも赤い血が流れている。白い液体では無いはずだ。
……。
問題無い。
俺はそのままスッと身を屈め、少年の一人の足を払う。倒れた少年の頭を踏み潰す。これで動けなくなった奴が二人。残りは三人。
少年の手から離れたナイフを受け取り、構え直す。
!
俺は大きくその場を飛び退く。少年の一人が手を剣のような形に変え振り下ろしていた。早い。速くて早い。少年の刃と化した腕が動く。俺はさらに二度三度、飛び退き、大きく距離をとる。自分の能力を過信して紙一重で避けるようなことはしない。
ピエロのような化粧を施した少年の一人が両腕を刃に変えて振り回している。好きに形を変えられるということは長さも変えられるかもしれない。間合いも軌道も自由自在だと思って対処をすべきだ。
こちらには当たらない、届かない軌道。だが、俺はとっさにナイフを構える。ナイフが少年の刃に当たり、俺はその衝撃ではね飛ばされる。
やはり、か。
「ふぅ、会話タイムは終わりか?」
俺は体勢を整え、ナイフを構え直す。
「はっは、終わらせたのはアマルガムだろう?」
「本当に分からないよ。はっはっは、記憶の転写に失敗しているなら、ここに来る理由はないはずだ。ここに来る方法も無いはずだ」
「なのに来た! はっはっは、本当に面白いよ! 見ていた甲斐があったよ!」
残った少年たちも腕を刃に変え、こちらを狙って振るう。俺は大きく飛び退きながら、絶対に折れないナイフで攻撃を防ぐ。弾き返すことが出来ない。防ぎ、そのまま後退させられる。斬ることも出来ない。
防戦一方だ。
三人でこれか。数を減らしておいて良かった。
距離も関係無く攻撃の軌道も変え放題。相手との距離を離して、出来るだけ攻撃を見えるようにしておかなければ、防ぐことすら出来なかっただろう。
厄介だ。
俺は飛び退く――逃げるように飛び退く。
「はっは、逃げ道が無くなるよ」
「飛び降りるかい? はっはっは、死ぬよ、死んじゃうよ」
ピエロのような化粧を施した少年たちが、鞭のようにしなる刃の両腕を振るい、こちらを追い詰める。腕が刃に――こいつもナノマシーンで構成され、ナノマシーンを操るのだろう。腕をナイフのように変化させ、体の延長のまま攻撃をしているのは、俺にナノマシーンが操作されないよう警戒しているからだろうか。本体と繋がっていれば命令の書き換えで負けないと思っているのだろう。
……まぁ、その通りだ。
「随分と単調な攻撃だな」
俺はナイフで、しなり、伸びて迫る肉の刃を防ぐ。
「はっはっは、追い詰められているね」
「どうだい、楽しいだろう。はっは、楽しいよね」
「終わるのかい? 終わるのかい? ここで終わるのかい」
アクシードの首領。
こいつがアクシードとやらのトップ。
身体能力は高いのだろう。だが、トップだけあって、あまり前線に出ていなかったのではないだろうか。こいつに戦闘経験があるようには見えない。こんなのは、ただの力押しだ。不意を突いて一人目を殺せたように、懐に入り込めば攻撃が当てられたように――、
「はっは、もう後がないよ」
俺は後退する。
……。
ここは無限の広さがある訳では無い。ここは地上から遠く離れた高所に作られた舞台だ。後退りし続ければ落ちて――終わる。
……。
俺が何も考えずに後退していたとこいつは思っているのだろうか。
俺は迫る刃を避けるように大きく飛び退く。
『セラフ!』
『ふふん』
俺はそのままドラゴンベインの装甲に手をつけ、飛び上がる。開いていたハッチから中へと滑り込む。
そして轟音とともに放たれる一撃。大きな爆発が――爆炎がピエロのような化粧を施した少年たちを飲み込む。
俺はセラフを信じ、時間を稼いでいた。そして、逃げたと思わせながらドラゴンベインへと向かっていた。
これで終わりだ。




