448 湖に沈んだガム31――もう一度言うぞ。それがなんだ?
「知っているかい? はっは、知ってるかな?」
ピエロのような化粧を施した少年達が重なり踊る。くるくると残像を演出するように踊っている。
重なる?
俺は右腕に左手を添え、少年達へと突き出す。
「斬鋼拳」
俺の右腕が消える。衝撃に俺は後退りし、その勢いのまま背後にあるドラゴンベインへと寄りかかる。
やったか?
ピエロのような化粧を施した少年が右手の人差し指を立てている。
「はっは、不意打ちが通じるのは一回だけだよ」
「はっは、無駄だったね」
「さあ、話を続けようじゃあないかー、続けるよー」
このピエロのような化粧を施した少年を吹き飛ばすために俺が放った右腕――ナノマシーンが、奴の人差し指一本で命令を書き換えられ、霧散させられた。
俺は自分の右腕を――右腕があった場所を見る。そこには何も無い。消えている。それもそうか。右腕だった部分のナノマシーンの命令を書き換えられたのだ。安易な攻撃をした俺のミスだ。アクシードの首領を名乗る存在が一筋縄でいくような奴の訳が無いだろう。一人目をあっさり殺せたことで油断していたようだ。
「はっは、どうしたんだい?」
「おや? そうだね、腕が無くなったら不便だね。不便だよー」
「これを腕にするといいよー」
「はっは、これはアマルガムの因子と結びつくはずだ」
「アマルガムの因子はこのパターンだよ。エラーが多いけど多重螺旋は良くあるし、楽勝だよ」
ピエロのような化粧を施した少年が空気中に漂っているナノマシーンを集め、固める。そうやって造られた粘土のような塊をこちらへと投げる。それはすぐさま俺の右腕だった場所へと貼り付き、元の右腕と寸分変わらぬ形へと変化する。
……。
俺は新しく生えた右腕を動かす。手を軽く握り、開く。元々の右腕と変わらない。違和感なく動く。
「礼は言わないぞ」
こいつはあのフォルミと同じか。斬鋼拳は使えないだろう。
「はっは、話を戻そうよ」
「はっは、そうだね」
「続きだよ。続くんだよ、はっは、アマルガムはおかしいと思わなかったかい? 大戦の記憶を持った老人が居ることをだよー」
「はっは、おかしいよねー」
「年代が合わないよ。ちぐはぐだよねー。はっは、数百年生きていることになるよねー」
俺は首を傾げる。こいつらは何を言っている? 俺に何を伝えようとしている? こいつらはどうにも俺に何かを伝えたい、話したくてしょうがないようだ。だが、それに何の意味がある? 全て戯れ言だ。こいつらの言葉に惑わされる必要ない。こいつらの会話に付き合っている振りをして時間を稼ぐべきだろう。
「はっは、分からないの? 覚えていないの?」
「アマルガムは失敗作だ! アマルガムも失敗作だ!」
「記憶の転写に失敗しているんだね!」
「はっは、それなのにここまでやって来たのかい? 使命だけが残っていたのかな?」
「欠けた王が、欠けた王だけが辿り着くなんて面白い! なんて皮肉なんだー」
ピエロのような化粧を施した少年達が笑いながら踊っている。
「……それで?」
こいつらは俺を知っているようだが、俺はこいつを知らない。
「はっは、少し待ちなよ。そろそろ時間だ」
「本当は中で見て欲しかったんだよー」
「はっは、断られたんだよー。欠けているから仕方ないねー」
「知らないから、記憶に無いから、見ようとしなかったんだね」
ピエロのような化粧を施した少年達が笑っている。笑いながら何かを待っている。
何を待っている?
そして、それは起こった。
神殿から何かが射出された。それは放物線を描き地上へと落ちていく。
……地上への攻撃か?
「今のはなんだ?」
「はっは、話の続きだよ。答えでもあるよー」
「はっは、アマルガムが出会った人々だよー、おかしくなかったかな? おかしいよ」
「似たような性格、似たような姿、そう思ったことはないかなー」
「またこのパターンか! って思ったでしょ。はっは、あったでしょ」
……。
こいつらは何を言っている?
「クローンだよ、はっは、クローン」
「ここでは人を造っているのさー」
「記憶を転写して地上に送っているのさー」
「殆どが失敗して半端な知識を持ったゴミになるんだよー」
……。
俺はこいつらの言っていることに思い当たることがあった。
まず、思い当たったのがバンディット連中。奴らがおかしかったのも記憶の転写とやらに失敗しているからだとしたら……?
そして、俺がクロウズとして活動する中で出会った人々。確かに、偶に似ていると思うことがあった。だが、それはこんな時代だから、こんな世界だから似通ってしまうこともあるだろうと思っていた。
だが、もし、それが違っていたら?
「完成体を造るために、色々な因子を使っているのさー」
「はっは、殆どが失敗してゴミになるから地上に投げ捨てるんだけどねー」
「はっは、ゴミを投棄さー、ぽいっとだよー」
「同じ因子を使うと似たような結果になるんだよー。でも失敗作!」
……。
「で、それがなんだ?」
確かにそれは衝撃の事実かも知れない。
こいつが言っていることが確かなら、この世界がこうなったのはもっともっと昔で、それこそ数百年も前なのだろう。そして、その頃のことを記憶している老人たちも、ただクローンとして、記憶を転写して、今、造られただけで本当にその時から生きていた訳では無いのだろう。この世界は人々が思っているよりも長い時間をかけて荒廃していたようだ。
だが、それがどうした?
元がクローンだろうが、記憶を転写されていようが、人の営みは続き、新しい命が生まれ、この世界で育っているんだろう? 未だマザーノルンに監視され、管理され、そうやって生かされているのかもしれない。だが、反逆の目は育っている。人は命を繋ぎ、解放されようとしている。だから、俺はそれがどうしたと言おう。
そして、それは俺には関係無い。
「もう一度言うぞ。それがなんだ?」
俺は正義の味方でも、この世界の解放者でも無い。衝撃の事実を知ったからと言って俺の目的が変わることは無い。
「知りたかったんじゃないの? はっは、強がっているのかな?」
「はっは、それならなんのためにここに来たのさ」
俺は肩を竦める。こいつらは分かっていない。
「俺がここに居るのは相棒の親離れのためさ」




