445 湖に沈んだガム28――分かった。セラフ、お前に任せた
エレベーターが上へと動く。
上昇していく。
ついには手を伸ばせば雲に届きそうなほどの高さにまで到達する。
「ふふん、おかわりが来たみたいね」
「やっとか」
そこで再び、右目に表示されている地図に次々と赤い光点が灯っていく。
ガクンとした揺れとともにエレベーターが停止する。そして、空からサングラスをかけた黒スーツの男たちが降ってくる。
「代わり映えがしないな」
「ふふん。舐められているんでしょ」
「だろうな」
俺はドラゴンベインを動かす。降ってきた黒スーツたちを狙い澄まし砲塔を旋回させる。後部に装着したエレクトロンライフルが邪魔になってぎこちない動きになっているが問題無い。ヒーローのようなポーズでのんきに着地しようとしていた黒スーツたちをドラゴンベインで轢き、はね飛ばす。
黒スーツの男たちは間抜けな格好のままエレベーターから落ちていく。連中が降ってくる場所が分かっているなら、落とすのは簡単だ。こんなのは戦う以前だ。
「確かに舐められているようだ」
「ふふん」
降ってきた黒スーツたちが消えたことで、再び、エレベーターが動き出す。
雲を抜ける。高度は1000メートルを超えたくらいだろうか。この辺りからエレベーターの速度が落ちてくる。ゆっくりとした上昇に変わっている。
未だ終わりは見えない。壁はまだ続いている。何処までの高さがあるのか分からない。
「このまま宇宙にまで行ってもおかしくない勢いだな」
宇宙、か。宇宙服も無く、酸素も無い状態では、さすがの俺も死に続けるしかないだろう。
「あらあら。自分の体を使って宇宙空間でどれだけ生存が出来るか試してみたいのかしら」
俺はセラフの言葉に肩を竦める。
「ふふん。冗談はそれくらいにして次が来たみたいね」
「ああ、そのようだ」
エレベーターが止まる。
そして、空から降ってきたのは、宙に浮かぶ二つの立方体だった。大きさは一つが10メートルクラス、もう一つがその半分の5メートルクラスだ。立方体は宙に浮かび、くるくると回転している。
「なるほど、そう来たか」
「ふふん。落とされないように学習したみたいね」
宙に浮いている。これでは体当たりでエレベーターから落とすことは出来なさそうだ。まともに戦うしかないだろう。
「あらあら、普通にやったら勝つ自信が無いのかしら」
「言ってろ」
ドラゴンベインを動かし、立方体を狙う。
150ミリ連装カノン砲による三連撃。だが、その連撃は立方体の前に生まれたシールドによって防がれる。
「またシールドか。シールド持ちが当たり前になってうんざりするな」
「ふふん。これだけ効果的なんだから搭載してない方がおかしいでしょ」
ドラゴンベインの攻撃で目が覚めたのか二つの立方体が動き出す。ドラゴンベインの周囲をくるくると旋回し始める。
二つの立方体はこちらを攻撃する訳でも無く、ただただ、こちらの周囲を旋回している。
……。
何をしている?
こちらの狙いを外すように動いているのか?
だが、その程度なら動きを予測して狙えば当てられる。
「セラフ、移動予測はシミュレート出来るだろう?」
「ふふん、任せなさい」
俺の右目に立方体の移動予測が表示される。俺はそれを見て、狙い、ドラゴンベインの砲塔を旋回させる。
……。
だが、こちらの予想よりも早い動きで立方体が狙いから外れる。
立方体が速く動いた?
いや、違う。砲塔の旋回速度が遅い。エレクトロンライフルが邪魔をして砲塔の旋回速度が遅くなっているのか? いや、セラフはそれすら計算に入れて予測を表示しているはずだ。
それが外れた?
……。
俺は息を吐く。その息が白い。かなりの高度だ。寒さが……、
!
「セラフ、気温はどうなっている?」
「ふふん。ここは高所なんだから……ッ、そういうこと」
セラフも気付いたようだ。
二つの立方体は攻撃をするでもなく、ドラゴンベインの周囲をくるくると回っている。いや、違う。すでに攻撃は仕掛けられていた。
吐く息が白い。いや、凍っている。
無意識に体が震え、ガチガチと歯が鳴る。
寒い。ここは寒いのだ。
奴らが回転するたびに周囲の気温が下がっている。これが攻撃。奴らの攻撃だった。
俺は咳き込む。その咳に血が混じっている。寒さで肺がやられたのだろう。不味い。非常に不味い。
すぐにでも奴らのシールドを突き崩し、破壊しなければ、ここで氷像になってしまう。
俺が打って出るべきだろうか。斬鋼拳を当てれば倒せるだろう。だが、こんな寒さの中で当てられるだろうか。ナノマシーンが正常に動くだろうか。
俺は座席から立ち上がろうとする。だが、背中が座席に張り付き、動かない。力尽くで立ち上がろうとすれば背中の皮がずるむけになるだろう。
息が凍っている。
視界がぼやけてくる。
「任せなさい! こんなこともあろうかと!」
セラフの人形が動く。
『手があるのか』
「ふふん。獄炎のスルトで補給したことを忘れたのかしら? 獄炎のスルトにあったものは何かしら?」
立方体はドラゴンベインの周囲をくるくると回っている。ドラゴンベインの砲塔は凍り付き、旋回が出来なくなっている。
『分かった。セラフ、お前に任せた』
「ふふん。任せなさい」
セラフの人形が座席の横にあった箱を開ける。そこにあったのは砲弾だった。
『それは?』
「ふふん。NM弾。獄炎のスルトで生産されていた実弾」
セラフの人形がNM弾を装填する。心なしかセラフの人形も動きが緩慢だ。人形も寒さで動きが制限され始めているのだろう。
俺はドラゴンベインの操縦桿を握る。そこにセラフの人形が手を重ねる。
相手のシールドを突破する実弾は装填された。後は狙うだけだ。
立方体はドラゴンベインの周囲をくるくると回っている。動きの予想は出来ている。
後は――狙い、撃つだけ。
タイミング。
……。
旋回する立方体。
動きは予想している。
3……、2……、1……、
俺は引き金を引く。
NM弾が装填された150ミリ連装カノン砲が火を吹く。砲身に詰まった氷をNM弾が削り、砲撃によって生まれた熱が氷を溶かす。撃ち出されるNM弾。
次の瞬間には立方体のシールドに穴を開け、貫いていた。
一撃必殺。
立方体が斜めに傾き、浮力を失い、落ちていく。それに引っ張られるようにもう一つの立方体も落ちていく。
倒し、た。
……。
寒さで死にそうだ。いや、もしかすると何回か死んでいるかもしれない。
そして、再びエレベーターが動き出す。上へと動いていく。
上、か。
……さらに冷え込みそうだ。




