437 湖に沈んだガム20――セラフ?
黒い球体を破壊した。これが獄炎のスルトのコアで間違いないだろう。
周囲に灯っていた明りが消える。獄炎のスルトのコアを破壊したことでエネルギーの供給が切れて電源が落ちたのかもしれない。
先ほどまで頭の中に鳴り響いていた警告音と表示されていたエラー表示が消える。
これでバックアップである獄炎のスルトは停止した。後はノルンの端末本体を攻略するだけだ。
『セラフ?』
『ふふん。よくやったわ』
セラフの得意気な声が頭の中に響く。
『やったのか?』
『ええ。当然でしょ』
どうやら成功したようだ。
『ふふん。支配も終わったから』
最後のノルンの端末の攻略も終わったようだ。セラフは、コアを破壊してすぐに動いたのだろう。これで、レイクタウン、ウォーミ、マップヘッド、ハルカナ、ビッグマウンテン、キノクニヤ、オーキベース、サンライス、ノア――全てのノルンの端末をセラフの支配下においた。残るはマザーノルンのみ。
湖にある謎の研究所で目覚め、セラフと出会った。最初は敵対していた。レイクタウンに流れ着き、そのセラフに導かれ、クロウズになり、この世界を支配しているマシーン、マザーノルンの存在を知り、色々な場所を巡った。グラスホッパー号、ドラゴンベイン、パニッシャー――戦う為の力である、クルマも手に入れた。色々な出会いもあった。思い出したくも無いクソ野郎から、人造人間でありながら反旗を翻したカスミ、俺を助けてくれたゲンじいさんとその孫娘のイリス、最後は俺が送ってやることになったガロウ、それにガレットの兄妹、商人のルリリ、修理屋のシーズカ、情報屋のユメジロウのクソジジイ、巫女のウズメ、クロウズのシンとキノクニヤを暴力で守っていたチョーチン一家の鬼灯、ああ、喋るクマのぬいぐるみみたいな奴も居たな――本当に様々な出会いがあった。俺と敵対したアクシードなんて連中も居た。そのアクシードとやらは四天王を全て倒したので、今は活動も下火になっているだろう。
本当に色々なことがあった。
『ふふん』
セラフの得意気な笑い声。何度も聞いた声だ。
周囲の明りが灯る。獄炎のスルトにエネルギーが供給されている。
『これはセラフか』
獄炎のスルトのコアを破壊したのに問題なく動くようだ。
『大丈夫なのか?』
『ふふん、何を言っているのかしら。コアが行っていたのはスルトの制御。それを私が代わりにやれば動いて当然でしょ。問題があると思うかしら?』
俺は肩を竦める。
まぁ、大丈夫だろう。
『ふふん、準備は良いかしら?』
セラフのこちらを試すかのような笑い声。
『このまま行くつもりか』
『もちろん』
船体が揺れる。獄炎のスルトが動き出したのだろう。
セラフの動かす獄炎のスルトが向かっている場所。それは一つしか無い。
絶対防衛都市ノア。そこを担当していたノルンの端末はすでにセラフの支配下だ。後はそこを越え、マザーノルンの元へ向かうだけ。
『ドラゴンベインはどうするつもりだ?』
『あらあら、誰に向かってものを言っているのかしら! あらあら、あらあら!』
セラフのこちらを小馬鹿にしたような反応。これももう慣れたものだ。
俺は大きくため息を吐き、もう一度肩を竦める。
『それで?』
『ふふん。回収を行っているわ。この獄炎のスルトで修理とパンドラの補充を行うから』
『抜かりの無いことで』
再び船体が揺れる。無視しても良いような軽微な揺れだ。これは獄炎のスルトが動き出したことによる揺れでは無い。
『何があった?』
『スルトが動き出したから、お馬鹿さんどもが攻撃を再開したみたい。無駄なのに本当にお馬鹿』
どうやら最前線のクロウズたちが攻撃をしているようだ。
俺は大きくため息を吐く。
『セラフ、連中に声を届けられるか?』
『ふふん。それなら艦橋に向かいなさい。こちらね』
俺はセラフの案内で艦橋へと向かう。
クロウズたちの攻撃は続いている。だが、セラフの言うとおり無駄だ。獄炎のスルトは大地から無限にエネルギーを供給し、シールドを張ることが出来る。セラフが制御している獄炎のスルトでは、足を破壊されるような奇跡は起きないだろう。
案内された艦橋では、ご丁寧に制御盤の一部が訴えかけるようにピコンピコンと赤く光っていた。
『そこね』
『助かる』
俺は赤く点滅する制御盤の前に立つ。そこにあったマイクを取る。
「攻撃を止めろ。獄炎のスルトは俺が鹵獲した。このまま絶対防衛都市ノアに攻め込む。今度は邪魔をするな」
俺はクロウズ連中へと呼びかける。
『ふふん』
セラフの小馬鹿にしたような笑い声。
『どうやら攻撃は止めたようだな』
獄炎のスルトへの攻撃が止んでいる。一応は分かってくれたようだ。
だが……、
獄炎のスルトが進む。大地を揺らし、歩く。その後ろを金魚のフンのようにクロウズたちが追いかけている。どうやら絶対防衛都市ノアに、一緒に攻め込むつもりのようだ。
……。
獄炎のスルトの移動速度の方が速い。追いかけていたクロウズ連中はどんどん小さくなっていき、見えなくなった。だが、それでもこちらを追ってきているようだ。連中は絶対防衛都市の位置を知っているのだろう。
俺は大きくため息を吐く。
『あらあら。気を抜いている場合かしら』
セラフの声。
次の瞬間、獄炎のスルトの船体が大きく揺れた。先ほどのクロウズの攻撃とは違う。大きな揺れだ。
『攻撃、だと』
獄炎のスルトを狙い次々と砲撃が飛んでくる。
攻撃しているのは――絶対防衛都市ノア。
『支配は終わったのだろう?』
『ふふん。大本が動いたってことでしょ』
ノルンの端末の大本。
『マザーノルン、か』
端末に任せていたことをマザーノルンが出来ない訳が無い。そして、攻撃が飛んでくるということは――こちらのことがバレたということだ。
砲撃を受けながら獄炎のスルトが進む。
そして黒い大地に壁が見えてくる。
あの壁の向こうが絶対防衛都市ノアなのだろう。
獄炎のスルトの砲門が動く。
レーヴァティン。
三門のレーヴァティンが火を吹く。絶対防衛都市の防壁を攻撃する。
絶対防衛都市の防壁に並んだ砲塔から次々と砲弾が飛んでくる。
飛び交う砲撃。
黒い大地から無限にエネルギーを供給出来るはずなのに、それを上回る速度でエネルギーの残量が減っている。獄炎のスルトのシールドが破られるのも時間の問題だろう。
繰り返される砲撃。攻撃。
『大丈夫なのか?』
『ふふん。届いたわ』
セラフの得意気な笑い声。
そして、絶対防衛都市ノアの防壁が崩れた。




