435 湖に沈んだガム18――セラフ!
獄炎のスルトの側面にある砲塔が俺を狙い動く。だが、遅い。
砲塔から発射されたレーザーが俺を追いかける。だが、俺の方が速い。俺が獄炎のスルトの側面を駆け上がる速度の方がレーザーよりも速い。
レーザー砲撃をバックに俺は獄炎のスルトの甲板へと駆け上がる。
「姉さま、姉さま、狼が来たわ」
「怖い、食べられてしまいそう」
獄炎のスルトの甲板では二人の少女が俺を待っていた。まるで神話にでも出てくるかのような黒い羽衣を纏い、人ではあり得ないほど整った容姿の少女たち。いや、これを少女と言って良いだろうか。ノルンの端末が操る人形――ただ人の形を模しただけの代物でしかない。
ノルンの端末が操る姉妹。
俺は吼える。狼の咆哮。相手を威嚇し、己の力を鼓舞するように吼える。甲板を駆ける。
「姉さま、姉さま、怖いわ」
「怖い、殺さないと。殺すべき」
空間が裂け、妹の方の人形がそこから50センチほどの黒い棒を取り出す。その棒が伸びる。少女たちの背丈よりも長く、二メートル近くまで伸び、その左右から黒い光で造られた鎌のような刃が生まれる。
『ふふん、命を刈り取る形ね』
『死神気取り、か。こいつは神にでもなったつもりか』
この世界を支配している機械たちの親玉の一人だ。神を気取りたくもなるのだろう。
もう一人の少女、姉の方も裂けた空間から武器を取り出す。それはL字型になった金属の筒だった。
連中が武器を取り出すのを静かに見つめている俺ではない。姉妹との距離を詰めるために駆ける。走っている。
妹の方が双刃の鎌をこちらへと投げ放つ。人ではあり得ない膂力によって投げ飛ばされた鎌が一瞬で俺の目の前へと迫る。俺は慌てて立ち止まり、狼の瞬発力によって、それをなんとか紙一重で回避する。狼の体毛が飛び散る。もう少し踏み込んでいれば回避が間に合わず俺は真っ二つになっていたかもしれない。
!
姉の方が金属の筒をこちらへと向けている。そこから放たれる黒い光弾。俺は銃口から狙いを予測し、避ける。だが、その避けた先へと黒い光弾が曲がる。黒い光弾の直撃を受け、俺の体が錐揉みしながら甲板の上を転がる。
……。
生身の人間では致命傷になったであろうほどの衝撃。俺は口の中に溜まった血と胃液を吐き出し、起き上がる。俺が俺でなければ、胃の中にあったものを全て吐き出すだけでは足りなかっただろう。だが、人狼化した再生能力がそれを無かったことにしている。姉妹との距離を離されただけで俺にはノーダメージだ。
『曲がるのか』
『ふふん。狙った対象へと誘導されるようになっているみたいね』
ロックした相手へのホーミング性能か。随分と厄介な武器のようだ。
俺は息を整え、再び駆け出そうとし、その自分の目が自分の体を見ていることに気付いた。視界がくるくると回る。
何が起きた。
回る視界の中、俺は見る。
妹の方が飛んで戻ってきた双刃の鎌を受け取っていた。
そうか。
俺は首をはねられたのか。
「姉さま、姉さま、死んだわ。怖い狼が死んだわ」
「怖ーい、その程度」
足をばたつかせていた俺の胴体が倒れる。そこに俺の頭が落ちる。
死んだ。
また死んだ。
俺は首をはねられ、死んだ。
『ちょっと! 死にすぎでしょ』
セラフの声が聞こえる。
いつの間にか俺の体は再生し、離ればなれになった胴体とくっついたようだ。
『ああ、少し。油断していた』
俺は起き上がり、くっついた首をとんとん叩き、息を吐き出す。集中しよう。この世界を支配している奴らが造った人形が雑魚のはずが無い。
「姉さま、姉さま、狼が甦ったわ」
「もう一度殺せば良いわ。死ぬまで殺すの。ね、簡単でしょ」
姉妹が動く。
俺が駆ける。
姉が俺を狙い黒い光弾を放つ。避ける。俺は黒い光弾を避ける。どんな方向だろうが、どんな状態だろうが、こちらへと迫ってくるというなら、そのタイミングを計り動けば良いだけだ。俺の横を抜けた黒い光弾が再びこちらへと迫る。何度でも避ける。黒い光弾を見て避けるのではない。当たるタイミングだけを考えて避ける。
「なんで、なんで当たらないの! 殺せないの!」
姉が次々と黒い光弾を放つ。俺は駆ける。いくつもの黒い光弾が俺にまとわりつくように動き、襲いかかる。避け、駆ける。
「姉さま、姉さま。私に任せて! 殺すの、殺すの!」
妹が双刃の鎌を投げ放つ。こちらも同じだ。俺は避ける――走りながら避ける。その速度、動き、すでに覚えた。その身をもって確かめさせて貰った。もう喰らうことは無い。ブーメランのように飛び、背後から迫っているであろう双刃の鎌を回避する。来るのが分かっていればなんということは無い。
『ホント、異常な身体能力ね。いえ、体では無く、お前が凄いのかしら』
『セラフが俺を褒めるとは、珍しいな』
『あらあら。私も少しくらいはお前を認めているから』
俺は避け、走り、避け、駆ける。
「姉さま、姉さま!」
「当たらない、当たらないの!」
間合いに入った。
俺は右手を伸ばす。殴るのではない。俺が出来るのはここまで。ここからは……、
『セラフ!』
『ふふん、任せなさい!』
姉妹の体がビクンと跳ねる。
『ふふん』
セラフの得意気な笑い声。
俺たちなら勝てる。俺たちだけが勝てる。俺たちだから勝てる。こいつらがセラフの端末である以上、こいつらが俺たちの前に現れた時点で俺たちの勝利は決まっていた。獄炎のスルトを倒すのではない、支配する。
姉妹が直立し、そのまま綺麗なお辞儀をする。どうやら支配が終わったようだ。
これで九つ全ての端末の支配が終わった。
後はマザーノルンを残すのみ。
『は、はぁ!?』
と、そこに困惑したようなセラフの声が響く。
――ERROR――
――ERROR――
頭の中に警告音が響く。
――ERROR――
――ERROR――
――ERROR――
――ERROR――
右目に次々と赤い文字が表示され、視界が奪われる。
赤い警告と警告音。
『どうし……なんだ、と』
そして、俺の胸から黒い刃が生えていた。
「ね、姉さま、姉さま、姉さま、姉さま」
振り返ると、そこには黒い刃を持ち、ガクガクと奇妙な動きをしている人形の姿があった。




