434 湖に沈んだガム17――ああ、行くぜ
『外の状況は?』
『ふふん』
セラフの得意気な笑い声を聞きながら外へと躍り出る。俺の右目には周囲の状況が表示されていた。
こちらを取り囲み、襲いかかろうとしているマッチ棒を組み合わせたような人型のロボットたち。俺は飛びだした勢いのまま身を捻り、くるりと回転する。マッチ棒ロボットの一体へと絶対に折れないナイフを突き入れる。下から上へ、回転の勢いを乗せたままナイフを動かし、マッチ棒ロボットを切断する。
『ふふん。そのナイフで切るなんてどうやったのかしら』
『刃さえ通れば後は勢いで斬れる』
斬ったマッチ棒ロボットを蹴り飛ばし、そのまま駆ける。
こちらを取り囲むようにわらわらと湧いて出るロボットたちを、斬り飛ばし、蹴り飛ばし、掌打で隙間を作り、その間を駆け抜ける。
俺の周囲に湧いて出ているのが人型ロボットばかりなのは、動かなくなった戦車から中の人を確実に殺すためだろう。中の人や逃げる人を殺すような細かい作業は人型の方が向いている。
マッチ棒が組み合わさったような姿なのは、材料をケチっているからだろう。つまり質よりも量で圧殺するつもりらしい。随分と考え、厄介なことをしてくれる。これも、この指示を出しているのが命令に従うだけの機械では無く、ノルンの端末だからなのだろう。
『セラフ』
『ええ、少し蹴散らすわ』
俺の左腕の機械の腕九頭竜が九つの触手へと別れ、鞭のようにしなり回転する。周囲のロボットたちを吹き飛ばす。
獄炎のスルトまでの距離は後わずかだ。クルマなら、攻撃を防ぎながら進んだとしても一時間かからず辿り着けただろう。
俺は大きく息を吸い、吐き出す。
贅沢を言ってはいけない。ドラゴンベインはパンドラ切れで動かなくなったが、まだ俺の体がある。何の障害も無く、全力で走ることが出来たならば、クルマと同じ時間で辿り着けるくらいの身体能力はあるつもりだ。
俺の周囲に次々と裂け目が生じ、そこから追加の人型ロボットたちが現れる。
『何の障害も無く、か』
『気を付けなさい』
『分かってるさ』
俺は現れた人型ロボットを斬り飛ばす。そこに獄炎のスルトの側面にある砲塔から放たれたレーザーが迫る。俺は人型ロボットを蹴り飛ばしながら、迫るレーザーから逃げる。レーザーが人型ロボットを消し飛ばしながら俺を追いかける。ドラゴンベインならシールドで防げた攻撃が、簡単に逃げることが出来た攻撃が――俺は逃げることが出来ない。逃げ切れない。
このままでは追いつかれる。俺は人型ロボットをレーザーの方へと蹴り飛ばし、盾にしようとする。だが、迫るレーザーは人型ロボットをあっさりと消し飛ばし、なんの障害も無かったかのように俺へと迫る。
左腕の機械の腕九頭竜が伸び、離れた地面を掴む。そして俺を引っ張る。俺はそのまま滑るように加速する。レーザーとの距離が開く。
『よし』
『駄目!』
セラフの声。このまま逃げ切れるかと思った俺の目の前に次のレーザーが迫っていた。
そう、獄炎のスルトの側面にある砲塔は一つでは無い。無数の砲塔が存在している。その全てが俺を狙っている。逃げ道の無いレーザーが俺に襲いかかる。
『ちょっと、どうす……』
『任せろ!』
俺はジャケットのポケットに入っていたキャンディーを取り出し、絶対に折れないナイフと一緒に空へと投げる。
『ちょっと何をするつもり?』
『こうする!』
レーザーが俺を包む。俺の体が焼ける。消し飛ぶ。
全てが闇に包まれる。
消えた。
次の瞬間、光が戻る。
黒のボディスーツと機械の腕九頭竜、そしてセラフの核である右目だけが残っている。そこからボコボコと肉が生まれる。俺が生まれる。
ナノマシーンが俺の体を再生させる。
中身が消え、萎んでいた黒のボディスーツが急激に膨れ上がる。びちびちと弾けそうな盛り上がりだ。
獣の咆哮。
人狼化。
ナノマシーンが死に瀕した俺の体を人狼へと造り替える。
俺は落ちてきたナイフを掴み、狼の口で降ってきたキャンディーを囓る。咀嚼する。体の中にエネルギーが満ちていくのが分かる。さすがは一粒で三千キロカロリーという馬鹿げた代物だ。
セラフが用意してくれた防刃ジャケットは獄炎のスルトのレーザーで消し飛んでしまったようだが、黒のボディスーツと機械の腕九頭竜は幸運にも残った。いや、それだけこの二つが高性能なのだろう。
俺は獣の足で駆ける。
残像が残るほどの速さで駆ける。
獄炎のスルトを目指し、走る。現れた人型ロボットを蹴り、宙を飛ぶ。空中にある俺を狙いレーザーが迫る。俺は絶対に折れないナイフを目の前のレーザーに這わせ、その反発する力で再び跳ぶ。着地し、獣の足で駆ける。
駆け抜ける。
もうレーザーは俺に追いつけない。俺の方が速い。
駆ける。
駆ける。
駆ける。
黒い大地を蹴り飛ばし、駆ける。
一つの弾丸のように駆ける。
全てが俺の後を追いかける。
雑魚が生まれるのも、獄炎のスルトの攻撃も、全てが俺の後ろにあった。
もうすぐだ。
獄炎のスルトは目の前だ。
その獄炎のスルトが動き出す。地響きをたて、地面を揺らし、動いている。
『動いた、だと』
『不味いわ』
逃げている。獄炎のスルトが逃げている。不味い、このまま逃げられると全てが無駄になってしまう。
俺は全力で走る。だが、巨大な戦艦の一歩の方が速い。
『追いつけない。くっ、このままだと逃げられてしまう』
『グングニルを用意するから!』
セラフの焦った声。地上殲滅用衛星端末からの一撃なら獄炎のスルトを足止めすることが出来るかもしれない。だが、グングニルはすぐに発動が出来ないはずだ。逃げている戦艦に当てられるのかという問題もある。
どうする? どうすれば?
と、その獄炎のスルトの巨体が揺れる。見れば獄炎のスルトの足が一つ折れていた。どうやらこちらに攻撃が集中している間にキャンプの連中がやってくれたようだ。獄炎のスルトの足を壊してくれたようだ。獄炎のスルトの足はすぐに再生、回復するだろう。だが、これで時間が稼げた。足止めには充分だ。
獄炎のスルトの足を攻撃していた暗紅のシャミーがこちらへ向けて親指を立てている。向こうは見えないと思っているだろうが、俺にはしっかりと見えている。やってくれたな。帳消しとは言わないが、貸しの一つくらいは無かったことにしてやろう。
『ふふん、行きなさい』
『ああ、行くぜ』
俺は走る。
獄炎のスルトは目の前。
飛ぶ。
獄炎のスルトへと張り付く。そのまま戦艦の側面を駆け上がる。
今回のポケモン、凄く面白かったです。




