432 湖に沈んだガム15――セラフは良くやってくれたさ
「姉さま、姉さま、また人がやってきたわ」
「愚か、とっても愚か。死ねばいいのに」
声が聞こえる。
あの戦艦――獄炎のスルトで俺たちを待っているノルンの端末たちの声だろう。
『次が来るから』
セラフの声。予想より早い。あまり近寄れていない。
『分かった。タイミングを合わせる』
こちらを狙っている戦艦の主砲が火を吹く。俺は再び右腕を構える。
「斬鋼拳」
俺の右腕が消える。と、同時にこちらへと迫っていた砲弾が消える。俺の体が斬鋼拳の反動によって弾かれ、ハッチの縁に打ち付けられる。
「くっ」
衝撃と痛みは体内のナノマシーンを調整して誤魔化す。
『ふふん、やるじゃない』
『……当然だろ』
攻撃と攻撃の隙に生まれた貴重な時間を使ってドラゴンベインが前進する。獄炎のスルトへと走る。
獄炎のスルトの主砲――レーヴァティン。俺だから対処出来ている。斬鋼拳だから何とかなっている。もし、ドラゴンベインの主砲で撃ち落とそうとしていたら、その場で爆発し、少なくないダメージを受けるエネルギーをまき散らされていただろう。
『ふふん、お前にしか出来ない対処法ね』
『ああ』
俺は次に備え、すぐに体勢を立て直す。ドラゴンベインのハッチから上半身をさらけ出し、右腕を構える。
『次が来るわ』
『早いな。休む間もない』
『ふふん。それだけ向こうも必死なんでしょ』
再び獄炎のスルトのレーヴァティンが火を吹く。
俺はタイミングを計り、こちらの射程内、レーヴァティンから放たれた砲弾が爆発しないギリギリの位置を狙う。
「斬鋼拳」
俺の右腕が消える。反動によって俺の体が吹き飛び、ハッチの縁に強く打ち付けられる。そうなると分かっていれば、対処は容易い。痛みに耐え、すぐに体勢を立て直し、次に備えて右腕を構える。
『あらあら? 耐える必要があるのかしら』
『運転に集中しなくても大丈夫なのか?』
俺の左腕が勝手に動く。動かしているのは間違いなくセラフだ。
『ふふん。私を誰だと思っているのかしら』
『俺の相棒だろ』
左腕が――機械の腕九頭竜がいくつもの触手へと別れ、ハッチを掴み、俺の体を固定する。これで斬鋼拳の反動は殺せる。
「姉さま、姉さま、おかしい。おかしいの」
「死ね、死ね、なんで死なないの」
ドラゴンベインが進む。
『ふふん。接敵まで……距離、10,000』
獄炎のスルトの巨大さに勘違いしそうになるが、まだまだ遠い。こちらの射程距離にも入っていない。
『距離、9,000』
獄炎のスルトの主砲が火を吹く。
「斬鋼拳」
飛んでくる砲弾を消し飛ばす。少しでもタイミングを外してしまうと砲弾が爆発し、エネルギーをまき散らしてしまう。失敗する訳にはいかない。
集中しろ。
『距離、8,000。不味いわね、スルトの副兵装が動いているわ』
『想定の範囲内だ』
獄炎のスルトの武装がレーヴァティンだけのはずがない。近寄れば――他武装の射程範囲に入れば動き出すことは予想出来ていた。
『距離、7,000。敵ミサイルの射程内ね』
獄炎のスルトから無数のミサイルが放たれる。こちらを狙い襲ってくるミサイル群。
『セラフ、任せた』
『ふふん。任せなさい』
ドラゴンベインがミサイル群へと突っ込む。ドラゴンベインの砲塔が旋回し、150ミリ連装カノン砲が火を吹く。三連続で放たれた砲撃が飛んでくるミサイルを撃ち落としていく。生まれる爆発と爆風。シールドを形成したドラゴンベインが爆風の中を突っ込む。
『大丈夫なのか?』
『ふふん。この程度なら回復量の方が上回るから』
セラフが被害を最小限にしてくれているおかげで獄炎のスルトのミサイルは問題にならない。厄介なのはレーヴァティンだけだ。
『距離、6,000。次、来るから』
俺は右腕を構えたままタイミングを計る。待つ。
獄炎のスルトのレーヴァティンが火を吹く。
「斬鋼拳」
レーヴァティンから放たれた砲弾を消し飛ばす。
『距離、5,000! 見えてきたから!』
黒い大地からエネルギーを吸収するためか、獄炎のスルトは足を止めている。その獄炎のスルトの側面にある無数の砲塔がこちらを向く。砲塔からレーザーが放たれる。
『セラフ!』
『ふふん、任せなさい。シールドで充分だから』
ドラゴンベインのシールドが動く。パンドラの消費を抑えるために、レーザーが照射されている部分だけにシールドが発生している。
『ミサイルとレーヴァティンが来るから、なんとかしなさい!』
セラフの少し焦ったような声。
『ああ、今度は俺に任せろ』
俺は右腕を構えたまま、見極める。
ミサイルもレーヴァティンも狙っているのは、このドラゴンベインだ。ならば、攻撃が重なるタイミングがあるはず。
俺は右腕を構える。
……。
刹那――俺は、
「斬鋼拳」
俺の右腕が消える。
こちらへと降り注いでいたミサイルとレーヴァティンの砲弾が重なった一瞬――俺はそれを消し飛ばす。
『距離、4,000! ふふん、もう終わりね』
『ああ、後は一気に――』
『はぁ!?』
セラフの声。
俺はその声を聞き、事態を把握する。
『このまま突っ込むから! 距離3,000!』
次々と照射されるレーザーをピンポイントでシールドが防いでいく。攻撃を防ぎ、獄炎のスルトへと走る。飛んでくるミサイル群。シールド任せで、その攻撃を無視して突っ込む。大きく削られるパンドラ。
セラフは焦っているようだ。だが、その理由は分かっている。
そして、俺たちの――ドラゴンベインの後方に空から光が落ちた。グングニルの一撃――地上殲滅用衛星端末からの攻撃だ。やったのはセラフだろう。
セラフは、事態を把握し、すぐに動いてくれたようだ。
『……駄目ね。射程内に入られてしまったわ。スルトは気付いた』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。グングニルまで使って足止めをしてくれようとしたようだが、駄目だったようだ。そこはさすがは最前線で戦っている実力者たち、ということだろうか。嫌な方向で優秀だ。
『セラフは良くやってくれたさ』
そう、セラフは良くやってくれた。出来ることをしてくれた。
ドラゴンベインに通信が入る。
[遅くなったけど、私たちも一枚噛ませて貰うよ。最前線で戦っているクロウズの力、後輩君に見せてやるさ]
聞こえてきた声は暗紅のシャミーだ。
[新入りが倒すだと? は! 大口を叩きおって]
[ここにやってきたばかりの奴をよぉ、自殺みたいな特攻で失わせるかよ]
通信機からは色々な声が聞こえてくる。
どうやら暗紅のシャミーはキャンプの連中を説得し、戦力を集め、俺に助力するために来てくれたようだ。
……。
……。
俺は大きくため息を吐く。
獄炎のスルトが連中を感知する。獄炎のスルトから、航空兵器が、地上を走る戦車が――艦載機が射出される。
セラフは悪くない。悪いのは俺だ。面倒だからと、連中を説得する手間を省いた。
……。
こうなることは分かっていた。予想が出来ていた。
だから、その前に片をつけるつもりだった。
タイムリミットだ。
こいつらが来る前に、俺は、俺たちは獄炎のスルトの制圧が出来なかった。
『あらあら、諦めるの?』
『まさか。獄炎のスルトは目の前だ。雑魚を蹴散らして、張り付くさ』
ただ、難易度が上がっただけだ。
ここの連中にはここの連中の戦いがある。戦ってきたプライドがあるだろう。俺はそれを邪魔出来ない。出来なかった。それだけだ。
こうなったからには、せいぜい囮として役に立って貰おう。




