431 湖に沈んだガム14――俺を信じろ
『ふふん。それでどうやって勝つつもり?』
俺はセラフの言葉を聞きながら準備をする。
『敵がお間抜けな馬鹿であることを祈る作戦さ』
『あらあら、楽しいことを考えているのね』
そう、これは、何も知らない奴からすれば、運に任せ、相手のご機嫌次第で勝負が決まる、そんな無謀で愚かな挑戦でしかないだろう。
だが、俺は知っていた。
何故、俺がそれを知っているのかは分からない。覚えていない。理由も分からない。だが、知っている。それで充分だ。
『セラフ、お前はどう思う? セラフ、お前ならどうする?』
俺はセラフに聞く。
『ふふん。あらあら、私の作戦を聞きたいのかしら。私なら、連中を囮にして、その隙に近寄る。スルトの中に入ってしまえば、後は何とでもなるから。そうでしょう? 要はどうやって近づくか、でしょ? 艦載機の相手も考えたら、手は多い方が良いから……ふふん。それがもっとも勝率が高いから』
ノルンの端末を攻略出来る俺たちなら、あの姿を見せていた少女たちと接触が出来れば勝てる。問題はどうやってそこまで持っていくか、なのだ。俺も知らなければ、セラフと同じように連中を囮に使う作戦を選んだだろう。それしか選べなかったはずだ。そして、そこまでするために――連中からの信頼を得るために、キャンプで一緒に生活をし、一緒に戦って、俺の力を認めさせようとしただろう。
そういう選択しか無かったはずだ。だが、それでも勝率は半々くらいだったのでは無いだろうか。
『ふふん。そろそろね』
黒い大地が揺れる。揺れている。
どうやら獄炎のスルトのお出ましのようだ。
俺はドラゴンベインの運転をセラフに任せたままハッチを開け、身を乗り出す。
『獄炎のスルト、か。まず、問題となりそうな艦載機だが、一体一の時は出さないはずだ』
俺が一対一で挑む理由の一つがこれだ。
『あら? その根拠は? ふふん、勘とか言わないでしょうね』
『勘だ』
『回れ右をして帰って良いかしら』
俺はセラフの言葉に答えを出せない。俺自身、何故、分かるのか――何故、知っているのか分からないからだ。俺の妄想かもしれない。俺の願望が妄想を生んでいるだけなのかもしれない。だが、きっとそうなるはずだ。俺には確信があった。
『小さな虫けら一匹を殺すのに、わらわらと艦載機を出すと思うか? そんな面倒をするだろうか?』
『あらあら。お前はいつから虫けらになったのかしら』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。艦載機を出さない理由としては弱いかもしれない。スルトの艦載機は群がる雑魚を蹴散らす時にしか動かないはずだ。そう命令されているはず。
そして、理由のもう一つ。
『奴は攻撃対象をロックし、それを狙う』
一対一なら獄炎のスルトの攻撃を分散させることなく誘導することが出来る。奴は狙いが一つなら、それを狙い続けるはずだ。来ると分かっている攻撃なら、今の俺ならなんとか出来る。
『だから、その根拠は?』
セラフの呆れたような声が聞こえる。いや、実際に呆れているのだろう。俺だって馬鹿げた妄想にしか思えない。だが、確信している。俺は俺を信じて疑わない。
『奴を見て、スルトに乗っているノルンの端末を見て、連中はそういう性格の奴らだと思った。それだけだ』
『あらあら、私たちを決められたことしか出来ない機械だとでも思っているのかしら。なんのために、獄炎のスルトに姉妹が乗っていると思っているのかしら。あらあら、あらあら!』
その場にあった判断、柔軟な行動をするために、か。
『そうだな。その通りだと思う。だが、セラフ』
『はいはい、何かしら』
『俺を信じろ』
セラフとの付き合いは長い。長くなった。
最初は敵対していた。敵だったはずだ。だが、一緒に戦って、戦い抜いて――俺はこいつを認めていた。
俺はセラフを信じている。
だから、俺は、こいつからの依頼をやり遂げるつもりだ。
『ふふん。仕方ないわね』
俺はセラフの言葉を聞き、ニヤリと笑う。
『ドラゴンベインの運転は任せた』
『はいはい』
現れた獄炎のスルトへとドラゴンベインが突っ込む。周囲に他の敵は居ない。セラフが上手く雑魚に絡まれないルートを通ってくれたのだろう。
『ふふん。向こうも気付いたみたいね』
獄炎のスルトの砲塔が旋回し、こちらへと動く。
三連レーヴァティン。
奴の武装は、その三連レーヴァティンだけではない。
だが、この距離で届く武装がそれだけなのだろう。近寄れば他の武装も動き出すはずだ。だが、今はそれを考えなくても良い。
『来るわ。ふふん、それでどうするのかしら』
『下手に避けようとせず突っ込んでくれ』
今、俺たちは狙われている。
俺の予想通りに、奴は俺を狙っている。
タイミングが重要だ。間違えれば終わる。
……。
そして、獄炎のスルトのレーヴァティンが火を吹く。
放たれる攻撃。
ドラゴンベインのハッチから身を乗り出した俺は、右腕を突き出す。
構える。
「斬鋼拳」
俺の右腕が消える。その反動に俺自身が吹き飛ばされ、ハッチの縁に強く体を打ち付ける。
そして、獄炎のスルトから放たれた砲弾は消えた。
レーヴァティンは何かのエネルギーを飛ばすような兵器ではない。砲弾を飛ばしている。水門を破壊する時、実際に使った俺はそれを知っていた。水門を一瞬で壊すほどの破壊力。だが、着弾する前に消してしまえば、それがまき散らす暴力的なエネルギーは生まれない。
獄炎のスルトとの初戦では着弾した閃光に巻き込まれ、それだけでシールドを削られ、吹き飛ばされた。逃げても避けても間に合わなかった。
では、どうすれば良い?
簡単なことだ。
着弾させなければ良い。
俺はそれを実行しただけだ。
ドラゴンベインが動く。動いている。
走る。
黒い大地を走り、獄炎のスルトへと突っ込む。
次弾の装填までの間――その間にどれだけ近づくことが出来るのか。




