043 クロウズ試験10――千手観音
「それでどうするんだぜ」
ナイフの男――フールーが両手にナイフを持ち、構える。
「逃げるしかねぇだろ!」
ガタイの良いおっさんが泣きそうな声で叫ぶ。そりゃあ、さっきまで蟹もどきに群がられていたのだから、まともな判断が出来ないのも仕方ないのだろう。
だが、
「逃げ道はない。ここで迎え撃つ」
そう、俺たちは追い詰められている。
「む、無理だ。俺たちはここで死ぬんだあぁぁ」
ガタイの良いおっさんは震えるような声で情けないことを言っている。トラックで最初に見た時は無駄に偉そうな態度と自信満々な様子から何処かの軍人かと思ったが……ガタイの良さと短髪に騙されたな。畑仕事をやっていただけならば、戦闘経験も無いだろうし、この反応も仕方ない、か。
『ふふん、それでどうするのぉ?』
頭の中に響くセラフの声は随分と余裕だ。
『さあ? 流れに任せて適当に……しかないだろう』
『ふふふん』
俺たちの目の前に立ち塞がっているのは無限軌道の上に機械の観音像が乗っかった馬鹿みたいなシロモノだ。観音像の無数にある機械の手が次々と機関銃を掴んでいく。
機関銃を持った千手観音なんて悪趣味極まりない。
いや、待てよ。あの観音像が持てるくらいだから、あれを奪えばこちらの武器として扱えないだろうか?
『ふふふん。相変わらず馬鹿。掴んでいるようにしか見えてないとか馬鹿なの? エネルギー供給を兼ねて連結しているのが分からないの? 馬鹿なの? よく見れば分かるのに馬鹿なの?』
よく見ても分からないだろう。それに、だ。機関銃なのにエネルギー供給? 電動か何かで動くタイプの機関銃なのか?
『ふふん、逆。それが分からないなんて。あれは武器でもあり、燃料タンクでもあるって言えば分かる? 本当にものを知らない馬鹿』
燃料タンク? 機関銃の方に動かすためのエネルギーがある? あの千手観音戦車を動かす動力にもなっているということか? いや、それなら、こちらが機関銃を奪えば扱えるのでは?
『やっぱり馬鹿。私は連結しないと動かないって言っているの』
馬鹿馬鹿ってコイツは本当に……。
『随分と余裕だが、お前ならどうするんだ?』
『へぇ、私に体を渡す気になったの?』
『なんだ、お前も作戦無しかよ』
『はぁ!? 私ならあそこで何もせずに立っている馬鹿どもから武器を奪って連結コアを破壊して終わらせるけど!』
意外にも本当に作戦はあったようだ。良く分からないが、セラフに任せれば倒すことは出来るようだ。
となれば……、俺が頑張るか。
『はぁ? どうしてそうなるの、馬鹿なの』
『最悪、お前に任せればなんとかなるってことが分かったから、安心して好きなように出来るって思ったんだよ』
『はぁ!?』
『ちなみに、あの観音様が持っている機関銃は、効くのか?』
俺が持っているサブマシンガンは弾かれるようだが、あの千手観音が持っている自分の武器ならどうなんだろうな。
『貫ける。相手の自爆狙い? でも、無理に決まってる。馬鹿なの?』
やるしかない、か。
「首輪付き、迎え撃つのは分かったがどうするんだぜ!」
焦ったようにフールーが叫ぶ。
「終わりだ。俺たちはここで終わりだ」
ガタイの良いおっさんは弾切れになった近未来的な短機関銃の引き金をカチカチと無駄に引き続けている。武器がなくなったのなら、このおっさんは本当にただのお荷物だ。
「ちっ、クルマで相手するような機械に生身とか考えたくないんだぜ。せめて俺のヨロイがあれば……」
フールーも余裕がないようだ。コイツなら余裕で倒してくれるかと思ったが、そうでもないようだ。
あまりアテには出来ないのかもしれない。
となると、だ。
……考えろ。
音は聞いた。
場所は分かる。
赤い光点の位置は把握している。覚えている。
音、場所、位置。
何処に移動した? 何処に居る?
「おい、首輪付き! 攻撃が来るんだぜ!」
フールーの叫び声で現実に戻される。
千手観音の手にした機関銃が火を噴く。ズガガガガと洒落にならない銃声が砂の山を削っていく。
慌ててその場を飛び退き、機関銃の掃射から逃げる。千手観音は機関銃の引き金を引き続けている。ハッピーなトリガーになっているようだ。数が多い上に量が多い。このままでは避けきれない。
フールーも頭を抱えて情けなく逃げ惑っている。
おっさんは――呆然と立ち尽くしていた。
ちっ。
無数の機関銃による掃射は続く。
慌てておっさんの元へ駆け寄り、その首を掴み投げ倒す。
「が、はっ、おい! 何をしやがる!」
投げ倒されたおっさんが上体を起こし叫ぶ。
「頭を下げていろ」
機関銃の掃射が俺の体を通り抜ける。
鋭い痛み。血が流れる。意識が飛びそうになる――だが、耐えられないほどではない。ここで獣化を切る訳にはいかない。
機関銃の掃射が終わる。
第一弾が終わったようだ。
観音像は手に持っていた機関銃を投げ捨て、蟹もどきからおかわりを貰っている。すぐに第二弾がやって来そうだ。
「おい、首輪付き、生きているか? 次は避けられないんだぜ。作戦はあるのか? どうするんだぜ!」
砂の山に身を隠したフールーが叫ぶ。機関銃の掃射に狙われれば砂の山ごと吹き飛ばされるだろう。つまり、必死だな。
自分の体を確認する。傷は……動きを阻害するほどじゃない。痛みはあるが死ぬほどの傷ではない。
「おい、無事なのかよ。お前、まさかサイバー化しているのか?」
電脳化? このおっさんは良く分からないことを言う。
「俺は生身だ」
おっさんに答え、そこへと走る。
場所は分かっている。
そして見つける。
フールーが真っ二つにした蟹もどきの一体。
「良し、運が良い」
その上に乗っている機関銃は運良く無事だった。
『はぁ、扱えないって言ったのが分からないとか馬鹿なの』
『いや、コイツは使えるはずだ』
俺は機関銃を握る。普通に引き金――レバーはある。これが飾りじゃないことを祈ろう。
そして観音像を狙う。
放たれる銃弾。
『狙うなら中央の手と手を合わせている場所にすれば?』
暴れる機関銃を押さえつけ、観音像を狙い撃つ。
狙いは中央の手かッ!
銃弾が観音像を削っていく。そして、蟹もどきから機関銃を受け取ろうとしていた手がゆっくりと動きを止める。
金属で創られた機械の観音像が動きを止める。
勝った。
『はぁ? どうして?』
どうして、か。
俺たちには使えない、観音像と連結しなければ動かないはずの機関銃。だが、俺は聞いていた。
『蟹もどきの一体が祝砲代わりなのか単独で機関銃を撃っていた。その個体の機関銃なら使えると思ったんだよ』
『はぁ? その個体が見つからなかったらどうするつもりだったワケ? 予想が外れて動かなかったら? 合理的じゃない、馬鹿なの!』
『動かなかったら動かなかった時だ。その時は別の手段を考えるさ』
とりあえず、これで勝ちだ。
ボロボロになったけど、なんとかはなったか。
「やったんだぜ」
ナイフ男――フールーは大喜びだ。
「生き延びた……?」
おっさんはまだ夢心地のようだ。
さて、何もしてくれなかった連中のところに戻るか。
って、ん?
奥からキュルキュルと何かキャタピラが動いているような音が近づいてくる。
まさか?
そして、奥から三体の戦車観音像が現れた。
……ここでおかわりかよ。
俺はもうお腹いっぱいだ。




