429 湖に沈んだガム12――それが倒すための手段さ
暗紅のシャミーのバイクを先頭にして、キャンプへと帰還する。
[それで、どうするんだい?]
暗紅のシャミーから通信が入る。
「どうすると思う?」
俺の質問に質問で返す百点満点の回答だ。
[まさか、私らに協力しろとか言うんじゃあないだろうね]
暗紅のシャミーはため息交じりにそんなことを言っている。どうやら彼女は随分と俺を見くびってくれているようだ。だが、それも仕方のないことだろう。俺には、ここでの実績が無い。信用も信頼も無い状態なのだ。
「協力してくれと言ったら協力してくれるのか?」
[まさか!]
彼女たちは最前線で戦っている、言わばクロウズのエースたちだ。お金にも困っていないだろう。戦うことが好きで戦っている奴、さらなる力を求めている奴、正義感と使命感で戦っている奴――理由は様々だろうが、金や名誉、生きるためという理由ではないはずだ。ここまで行き着いてしまった、そんな奴らばかりだろう。そいつらが来たばかりの俺の言葉で動いてくれるとは思えない。
[それじゃあ、教えておくれよ。キャンプに戻ったよ。さあ、詳しいことを教えてくれるんだろう?]
詳しいこと、か。
獄炎のスルトを操っている奴が居ると伝えるのは簡単だ。それはマザーノルンとノルンの端末のことを教えることになるが、今更な話だ。こいつらが知っても何かが変わる訳じゃない。伝えても問題は無いだろう。
だが、それを、今、教えてしまうのは不味い。
八つの端末を支配したセラフなら、ここの端末も問題なく支配することが出来るだろう。
支配――それはセラフにしか出来ない事だ。
獄炎のスルトを操っている奴が居るから、そいつを倒すために協力してくれ。俺たちが乗り込むために囮になってくれ、と言ったとしよう。こいつらがそれに乗ると思うか? 乗る訳がない。乗り込む役を自分たちにやらせろ、と言われて終わりだろう。俺はここではなんの実績も無い新人だ。ぽっと出の新人が美味しい役にありつける訳がない。
「獄炎のスルトを倒す手段がある、と言ったらどうする?」
俺の言葉を聞いた暗紅のシャミーが大きなため息を吐く。
[面白い、乗った! とでも言うと思うのか? 獄炎のスルトを見た奴はだいたい二通りに別れるのさ。その力を見て絶望する奴。こいつはまだマシだ。次がお前のように倒す秘策を見つけたと得意気に騒ぐ奴なのさ]
通信機からは、暗紅のシャミーの露骨なまでにがっかりした声が聞こえてくる。俺への評価をかなり下げたのだろう。こいつは、今回の見学会で、俺を見定めようとしていたはずだからな。
[言っておくが、囮を使って懐に入ったら勝てるなんて作戦じゃあないだろうね? アレを見て倒す手段があるって言う奴の殆どがそう言うのさ]
なるほど。確かに近寄り、主砲の射程範囲から外れれば一方的に攻撃が出来そうな気がする。気は、するな。
「なるほど。それが駄目な理由はどれだけ攻撃しても削りきれないシールドがあるからか?」
[へぇ。すまない、後輩君、君を見くびっていた。それに気付くとはやるねぇ。だが、理由はそれだけじゃあないのさ。艦載機だよ。近寄ったところで獄炎のスルトから湧き出るマシーンにやられてしまう。獄炎のスルトから飛び出す艦載機は、そこらの賞金首よりも厄介だよ。しかも、あの中にマシーンの工場でもあるのか、いくら倒しても湧き出てきやがる。そういうことなのさ]
戦艦なのだから、艦載機くらいあって当然だろう。その可能性は俺も考えていた。だが、いくらでもマシーンが湧き出る? そんなことがあり得るのだろうか? 暗紅のシャミーは、そういうものだ、と何も考えていないようだが、そんなことはあり得ない。物を作るには材料が必要だ。何も無いところから作ることは出来ない。
いくらでも湧き出るマシーン。その材料はどこから出てきているのだろうか。獄炎のスルトの中に貯蔵されている? いくら戦艦だと言っても、そんな、いくらでも、と言えるほどの材料が貯蔵されているとは思えない。
何かあるのか?
それとも何処かで補給しているのか?
補給されないように足止めして艦載機を倒し続ければ、何時かは尽きるかもしれない。そうすれば――いや、それは現実的ではないだろう。もし、それが出来たとしても、それだけで勝てる相手だとは思えない。
「なるほど。それは厄介だな」
[分かってくれて嬉しいねぇ。私たちが攻撃をかけている時に参加するのは自由さ。邪魔してくれなければ……と言いたいが、後輩君も向こうでは名を知られた凄腕のクロウズなんだろ? そこは期待しているさ]
俺はドラゴンベインの座席の上で首を横に振り、肩を竦める。暗紅のシャミーは分かっていない。
「倒す手段があると言っただろう? 聞いていなかったのか?」
[後輩君。何を思いついたか知らないが、私たちがここでどれだけ長く戦っているか知ってるかい? 悪いが思いつきには付き合えないな]
俺は暗紅のシャミーに告げる。
「だが、それでも協力して貰う」
[無理さ。私だけじゃあない。後輩君に協力して一緒に戦ってくれる奴は居ないよ]
暗紅のシャミーは勘違いしている。獄炎のスルトを倒すのに数が必要だと思い込んでいる。
「逆だ。俺が望むのは、あんたたちに動いてくれるなってことだ。俺に一対一で獄炎のスルトと戦わせてくれ」
[な、何を言っている。見なかったのか、分かんなかったのか!]
暗紅のシャミーは動揺し、震えた声で叫んでいる。俺の言っていることがいまいち理解出来ていないようだ。
俺とセラフ。ドラゴンベイン。他に何も要らない。ここで燻っている連中が協力してくれることが重要だ。こいつらが、何もしないことが、俺が邪魔をされないことが――それが重要だ。
「それが倒すための手段さ」




