428 湖に沈んだガム11――楽しすぎるな。それと聞いて良いだろうか?
「逃げろ!」
俺は叫ぶ。だが、俺が叫んだ時にはすでに暗紅のシャミーは逃げだしていた。暗紅のシャミーのバイクが遠くに見える。
早い。
行動が早すぎる。
いや、それくらいの行動が出来なければ、ここでは生き残れないのだろう。
置いて行かれたのではない。俺の反応が遅かっただけだ。そして、歩く戦艦から、かなり距離をとって逃げている暗紅のシャミーを見て理解する。急いで距離をとらなければならないほど、あの戦艦の砲撃の威力がヤバいということだ。
俺は慌ててドラゴンベインを後退させる。
そして歩く戦艦の主砲――レーヴァティンから、こちらを狙った攻撃が発射される。
逃げるドラゴンベイン。
駄目だ、間に合わない。
『急ぎなさい!』
『分かってる』
セラフの焦ったような声を聞きながら、俺はドラゴンベインを操作し、シールドを前方のみに集め、層を厚くする。そして、衝撃。目の前が真っ白な閃光に包まれる。
夜の闇の中に生まれた白い閃光。
ドラゴンベインが吹き飛ばされる。戦車が簡単に吹き飛ばされている!
俺はすぐに前方に集中させていたシールドを全体へと戻す。ドラゴンベインが黒い大地の上を激しく跳ね、飛びながら転がる。激しい衝撃と何度も天地がひっくり返る動きにドラゴンベインの中の俺はほどよくシェイクされ、先ほど食べたものを吐き出しそうになる。俺は座席を強く握り、耐え、シールドが生み出す反動で天地が逆さまになったドラゴンベインを起き上がらせる。
パンドラの残量は残り三割まで減っている。次の砲撃には耐えられないだろう。夜間のパンドラが回復しない状況では、もう無理だ。これ以上は戦えない。
『……敵の攻撃から耐えただけでこれか。厄介だな』
『ええ、そうね』
だが、次の砲撃はなかった。俺たちを倒したと思ったのか、それとも距離が離れたことで興味を失ったのか。
俺は歩く戦艦の攻撃が着弾した黒い大地を見る。黒い大地がえぐり取られ、大穴を開けていた。
……!
『何が起こっている?』
『ふふん。再生しているんでしょ』
黒い大地にノイズが走り、残像を残しながら元の姿へと戻ろうとしていた。
大穴が消えていく。
『もしかして、この大地は……』
『ふふん。その通り、群体が集まったものね』
再生する金属、だと? あのフォルミとの戦いと同じか。どれだけ壊れようが、元の形へと再生される。まるで魔法だ。
『何でもありだな』
真面目に考えるのが馬鹿らしくなってくる。
『ふふん。それだけじゃないから。この黒い大地。黒。何か気付かないかしら?』
『黒……?』
俺はそこで気付く。
ドラゴンベインに新しく取り付けられた黒い装甲――ヒュパティアパネル。確か天から降り注ぐパンドラを効率よく取り込めるようにした装甲パネルだったか。
『まさか』
『ええ、その通り。これは同じものよ。ふふん、スルトの、あれだけの大きさを支えるエネルギーは何処から来ているでしょう? あの戦艦に生えているのは動くための足じゃない。大地からもパンドラを取り入れるためのもの』
この黒い大地がパンドラを取り込み、あの歩く戦艦にエネルギーを供給している? 大地そのものが燃料タンクのようになっている?
『ええ。そして、これはマザーノルンにまで繋がっている。母を支えているの。ここはすでに母の体の中よ』
俺は大きくため息を吐く。
『セラフ、聞いていいか?』
『ええ、何かしら?』
『あの歩く戦艦は足が接地している限り、パンドラが供給される。そういうことだよな?』
『ええ、そう言っているでしょ』
足が大地に触れている限り、エネルギーは供給され続ける。つまり、シールドも張り放題、攻撃もし放題という訳だ。
『無茶苦茶だな』
もし、アレをまともに戦って倒そうと思ったら、六本の足を一瞬で破壊し、大地からのパンドラの供給を無くすのが大前提になるだろう。パンドラを供給させないため夜間に戦う必要もある。そして、その夜の間に、攻撃をさせ、攻撃をし続けることでシールドを削り、パンドラを消費させ、枯渇させれば勝てるのではないだろうか。
……。
そこまでしなければ勝てないだろう。
一瞬で六本の足を破壊?
どうやって?
とても勝てる相手ではない。まともにやっていては勝てない。最前線で戦っている奴らが、ここで足止めされ続けている訳だ。アレは人類が勝てるような相手ではない。
[どうだい? なかなか楽しい相手だろ!]
暗紅のシャミーからの通信が入ってくる。
「楽しすぎるな。それと聞いて良いだろうか?」
[お? 何かな?]
暗紅のシャミーから、俺を試すような、楽しそうな含み笑いが聞こえる。こいつは俺が、俺を置いて逃げたことを責めると思っているのだろう。だが、俺が聞きたいことは違う。
「あの戦艦――スルトに少女が乗っているのが見えたか? その存在を知っていたか?」
[……見えないな。さすがにこの暗闇の中では見えない]
この反応、知っていて隠している訳では無さそうだ。
「そうか」
[どういうことだ? あの獄炎のスルトを動かしている奴が居るとでも言いたいのか?]
「詳しいことは、あんたらのキャンプに戻ってからだ。見学会はこれで終わりなんだろう?」
歩く戦艦――獄炎のスルト。まともにやって勝てる相手ではない。だが、俺とセラフならなんとか出来るはずだ。キャンプで燻っている連中が協力するなら勝てるはずだ。




