427 湖に沈んだガム10――セラフ、見えたか
俺は大きく息を吐き出す。
「分かった。その見学とやら、付き合おう」
俺はとりあえずこの暗紅のシャミーとやらの提案に乗ることにする。
『あらあら。お前にしては随分と素直じゃない』
『そうだな』
これが、もし、俺の実力を試すとかだったなら、俺は乗らなかっただろう。場合によってはこいつらと敵対したかもしれない。だが、提案はあくまで見学だ。それなら参加してみるのも一興だ。
「ほー、へー、後輩君は強気だねぇ。悪かないよ」
「そりゃどうも。それで、何時、出発するんだ?」
「安全に行くなら砲撃が止む夜さ。戦うつもりなら昼だね。さあ、どうするんだい?」
暗紅のシャミーはニヤニヤと笑いながら、そんな提案をしてくる。俺は大きくため息を吐く。選択になっていない。こんなのは考えるまでも無い。
「分かった。夜までここで休憩させてもらう」
「ほー。意外だね。強気な後輩君は戦う選択をしないのか?」
俺は暗紅のシャミーのわざとらしい言葉に何度目かのため息を吐く。
「あんたは見学と言った。そうだろう? それとも戦いたいのか?」
「ああ、そうさね」
暗紅のシャミーは両手を広げ、わざとらしく頷いている。
「そういうのは駆け出しのクロウズ相手にやってくれ」
「おっと、そうさね。悪い、悪い。お詫びにその皿の弁償代も立て替えておくさ」
「最初からあんたの奢りだろう?」
俺は暗紅のシャミーに背を向け、手を振りながらドラゴンベインへと戻る。
少し休むとしよう。
砲撃は常に飛んできているが、今のドラゴンベインのシールドなら問題ない。眠るのに少しうるさいだけだ。
俺はドラゴンベインの座席に寄りかかり、目を閉じる。
……。
『ふふん。そろそろ起きなさい』
『……時間か』
俺はセラフの声で目覚める。
『ええ。それと通信が入っているわ』
『分かった。繋いでくれ』
通信の相手は分かっている。
[後輩君、ゆっくり休めたか? 準備は良いか?]
通信は暗紅のシャミーからだ。すでに日は落ちている。
「ああ。こちらはいつでも大丈夫だ」
周囲は夜の闇に包まれているようだが、ドラゴンベインのモニターは問題なく周囲の景色を映し出していた。
[そうかい]
「ああ。それで、あんた一人なのか?」
単車型のクルマに跨がり、ゴーグルをつけた暗紅のシャミー。その肩にはマシーンを撃ち落とした時と同じロケットランチャーがあった。暗紅のシャミーはバイクで機動力を高め、ロケットランチャーで攻撃するスタイルなのだろう。
[一人では不満かい?]
「いいや。団体行動は苦手だからちょうど良いさ」
俺はバイクで進む暗紅のシャミーの後をドラゴンベインで追いかける。暗紅のシャミーはかなりゆっくりとした速度で進んでいる。暗闇で見えてないという訳ではないだろう。いくら砲撃が止む夜間だと言っても、マシーンの活動が停止している訳ではない。ただ、周囲を警戒しているだけなのだろう。
荒れ果てた大地から真っ黒な大地へと踏み込む。コンクリートともアスファルトとも違う謎の金属で作られた黒い大地だ。接地しているドラゴンベインの無限軌道が何かに反発するようにフォンフォンと異音を立てている。
「この黒い大地……こいつはなんだ?」
[しらね。だが、こいつは恐ろしく硬く、傷付いてもすぐに再生するのさ]
ここで戦っている暗紅のシャミーでも知らないようだ。いや、そういうものだと分かっていれば充分だと思っているのかもしれない。
『ふふん。これは……』
『俺もそういうものだと分かっていれば充分だと思っている』
セラフの長くなりそうな解説を俺は聞き流そうとする。それでもセラフは解説を続けようとしていたが……。
……。
それどころではなくなった。
大地が、揺れている。
ずしん、ずしんと何か重いものを打ち付けるような音とともに大地が揺れている。
これは、まさか。
[そろそろだよ]
暗紅のシャミーの言葉に応えるかのように、それは現れた。
戦艦。
それは、本当に戦艦だった。
そう、戦艦だ。
戦うための船。200メートルクラスだろうか? 遠くからでなければ全長が把握出来ない。それほど大きい。それが地上を歩いている。戦艦の船底部分に機械で作られた六本の足がくっついている。それを動かし、無理矢理地上を歩いている。
馬鹿げた代物だ。それが、今、俺の目の前を動いている。
海ではなく、地上を、巨大な金属の塊の船が歩く?
悪夢でしかない。
!
俺の目がそれを捉える。
『セラフ、見えたか』
『ふふん。ええ、見えたわ』
その戦艦の縁に二人の少女が座っていた。まるで神話にでも出てくるかのような黒い羽衣を纏った少女たち。少女たちが楽しそうに足をぶらぶらと揺らしている。
その声が聞こえる。
「姉さま、姉さま、また人がやってきたわ」
「とっても愚か。ここで死ぬだけなのに」
それは俺に――俺とセラフにだけ聞こえた声かもしれない。
『あいつらはノルンの端末か』
『ええ。間違いないわ』
何故、絶対防衛都市の外に出ているのか。
何故、二人いるのか。
それは分からない。
だが、目標は見つけた。
こいつらが最後のノルンの端末。こいつらを支配すれば、残るのはマザーノルンだけだ。
「人は死んじゃえ」
「ふふ、死ね」
少女たちの声に応えるように戦艦の主砲がこちらへと動く。
俺はその主砲に見覚えがあった。
レイクタウンで借りた対空高射機関砲――S610レーヴァティン。
それが戦艦の主砲として三つ連なり、こちらを狙っている。
まさか、あの高射機関砲は、この戦艦から奪い取り、改造したものなのか。
俺は水門を破壊した威力を思い出す。
そんな代物がこちらを狙っているのか。
ガム「九つの端末じゃなかったのか?」
セラフ「四天王は五人いるものなんでしょ。ふふん、それと一緒でしょ」




