426 湖に沈んだガム09――それで? そいつはどんな奴なんだ?
ナイフで食事をする。
もぐもぐ。
非常に食べづらい。当たり前だ。ナイフでどろりとした液体のような料理が食べられるものか。
「後輩君、よくそんなもので食べられるね」
「食べられてないが?」
「ナイフの油とか血糊とか気にならないのかよー」
「手入れのための油すら使っていない新品だが?」
「おいおい。後輩君、君はなかなか面白い奴じゃあないか」
俺は暗紅のシャミーの言葉に大きくため息を返す。
「それで? 俺を飯に誘った理由は?」
ただ俺に飯を奢りたかった、という訳ではないだろう。もしかすると俺に何かをやらせたいのかもしれない。
「ちょっと待ちな。あいつら撃ち漏らしやがった。上から来るぞ、気を付けろ」
暗紅のシャミーは、そう言うが早いか持っていたロケットランチャーを上空へと向けて構える。
……。
敵、か。
何かが来るようだが、俺に出来ることはない。俺が、今持っている武器はスプーン代わりにしてドロドロの液体まみれになった、このナイフだけだ。ナイフ一本でどうにか出来るとは思えない。ここは暗紅のシャミーに任せるべきだろう。
『セラフ、何が来ている?』
『ふふん。飛んで……これはミサイルかしら? いえ、どうやら飛行型の機械のようね』
『空を飛ぶマシーンか。ますます俺に出来ることはないな。にしてもシャミーは、よくそれの接近に気付いたな』
『あらあら。私も気付いていたんだけど』
『はいはい』
セラフが言わなかったということは、そこまで脅威ではなかったのかもしれない。もしくは、暗紅のシャミーの索敵能力がセラフよりも優れていたのか、だ。衛星を利用して空からも索敵が可能なセラフよりも索敵能力が優れている?
……。
ここは最前線だ。ここに居るのはクロウズでも最上位に位置する連中ばかりだろう。あり得ないとは言いきれない。
暗紅のシャミーが構えていたロケットランチャーを発射する。素早く次弾を装填し、片目を閉じ上空を睨み付ける。その後、ニヤリと笑ったかと思うと、自身が食べていた料理の皿の上に覆い被さった。
「何をして……」
俺は暗紅のシャミーの行動の意味をすぐに知る。
空からそれが降ってくる。
機械の残骸。
その残骸――ネジ? のようなものが降り注ぎ、俺が手に持っていた皿を貫通する。砕ける皿。ぶちまけられる米のようなものとどろりとした液体。
……。
『ふふん。油断しすぎじゃない?』
『まったくその通りだ』
ちょっとやそっとのことでは死なない――いや、正確には終わらない、か。俺の命が終わらないと分かったからか、攻撃などに対する察知能力が麻痺していたようだ。気を引き締め直した方が良いだろう。
「おいこら、暗紅! ふざけんなよー。なんて場所で撃破しやがるってんだよー」
被害を受けたらしい料理人さんがおたまを振り回して怒っている。
「確かになぁ。マシーン入りの料理なんて檄マズだな。ま、文句は撃ち漏らした連中に言いな」
それだけ言うと暗紅のシャミーは座り直し、食事を再開する。
俺は手の中にある砕けた皿の破片を見て、小さくため息を吐き、それを投げ捨てる。
「おいこら、後輩。皿代弁償しろよー」
……。
俺は暗紅のシャミーへと向き直る。
「それで? 俺を誘った理由は? 飯を奢りたかっただけなのか?」
「ほう? へー。さっそくの襲撃なのに、あまり動じてないか。後輩のあんたと仲良くなりたかったから食事に誘った。それじゃあ駄目なのかい? どうなんだい?」
暗紅のシャミーはこちらへと片目を閉じ、楽しそうに笑う。
俺は肩を竦める。
「それで?」
「見学に来ないか誘おうと思ったのさ」
「なんのだ?」
暗紅のシャミーはスプーンを口に咥え、下品にカチカチと噛み鳴らす。
「私たちが戦っている相手を、さ」
「マシーンだろう?」
「確かに。だが、私があんたに見学させたいのは少し違う。そいつは並のマシーンじゃあない。ここでは獄炎のスルトと呼ばれているマシーンさ」
「厄介なのか?」
「分かってて聞いているな? そうさ、厄介だよ。そいつが存在するがために、私たちはここに足止めを喰らっているのさ」
暗紅のシャミーが心底楽しそうな笑顔で肩を竦める。
「見学、か。それは新入りに、ここの脅威を分かりやすく見せるためか」
「よく分かっているじゃあないか」
俺は肩を竦めて返事をする。
「それで? そいつはどんな奴なんだ?」
「見た方が早いと言いたいが、まぁ、知りたいだろう? 後輩君はだいたいそうだからな。一言で言うなら歩く戦艦さ。戦艦が地上を徘徊しているのさ。さっきの飛んできたマシーンも獄炎のスルトから飛び立った奴だろうさ」
「なるほど。飛んできている砲撃もそいつが原因か?」
「一部は、ね。遠くまで飛んでいるのはノアゲートに設置された大砲だろうさ」
俺は腕を組み、考える。
ノアゲート。その言葉からすると絶対防衛都市を守っているゲートなのだろう。マシーンたちが都市を守っている? そこに住んでいる連中はなんだ? そして、そこを攻めている俺たちはなんなんだ?
『セラフ、絶対防衛都市ノアに人は居るのか? 人が住んでいるのか?』
『……居るでしょうね』
セラフの反応は微妙だ。
『それは人造人間しか居ないとか、そういうオチか?』
『答えはいいえ、ね』
『それは俺に対してのネタバレを考慮して言葉を濁しているのか?』
『まさか。お前が何処までを人として許容出来るか分からないから。ふふん、ただそれだけ』
何処までを、か。
どうやら、そこに住んでいる連中はかなりヤバい奴らばかりのようだ。




