421 湖に沈んだガム04――またしばらく厄介になる
レイクタウンに入る。
何事も無く無事に到着だ。
『あらあら、何事も無かったのかしら』
『無かっただろう?』
瓦礫が取り払われ、かなり復興が進んだレイクタウンの中をグラスホッパー号が走る。レイクタウンの大通りは随分と賑やかだ。旅商人たちのものだろうか、所狭しとテントや屋台が並び、それを目当てとした人の流れが出来ている。復興という活力が人を呼び寄せているのかもしれない。
ゆっくりと徐行するような速度で町外れにあるゲンじいさんのくず鉄屋を目指す。そんな俺のクルマを避けるように街の住人たちは歩いていた。
「おい、押すなよ」
と、そのグラスホッパー号の前に箱を抱えた少年が飛び出してくる。俺は慌てて急ブレーキをかけグラスホッパー号を停車させる。
「ぐぇ。なんなの? ぶっくりしたんだけど」
グラスホッパー号の急停車にシートベルトをつけていなかったシーズカが助手席で転がる。
『ぶっくりってどういう意味かしら』
『さあな。後で聞いてみたらどうだ?』
びっくりを言い間違えただけで深い意味は無いだろう。
「うぉぉぉん」
グラスホッパー号の前に転がり出た少年は、抱えていた箱から転げ落ち、割れた瓶を見て嘆いている。
「おろろーん。せっかく作った高級特殊モデルがぁぁぁぁ」
俺はその少年に見覚えがあった。
いつかのブマット売りの少年だ。確か、名前はトビオだったか。
「災難だったな」
俺はトビオ少年に声をかける。高級特殊モデルとやらが割れてしまったのは災難だが、俺のグラスホッパー号にひかれなかったのは幸運だろう。命が軽い世界だ。この少年がそうやって死んだところで誰も何も思わないだろう。そういう世界だ。
……。
俺は首を横に振る。
この少年を轢くことが無くて良かった。俺は人を殺して喜ぶような趣味は無い。本当に良かった。
「ぬあにを! 慰謝料よこせ、こんちき……」
トビオ少年が飛び上がり、こちらへと食ってかかってくる。だが、その言葉が途中で止まる。
「はぁ? 慰謝料が欲しいのはこっちなんだけど!」
転がっていたシーズカが起き上がり、トビオ少年へと怒りの声をあげていた。二人は見つめ合っている。片方は怒りで、片方は間抜けな顔で。
『この時代に慰謝料なんて言葉が残っていたんだな』
『あらあら。残っていたって。その言葉があるから使っているんでしょ』
『確かにな』
俺は肩を竦める。
「慰謝料代わりにブマットを買おう。今でも売ってるんだろう?」
「え? あ、ああ」
何故かぼぅっとした顔のトビオ少年は、心ここにあらずといった感じだ。
「場所は知っているよな? 後でゲンじいさんのところに来てくれ」
「あ、ああ。って、お前! あん時のお大尽のガキィィ」
「誰がガキだ。お前の方がガキだろうが。はぁ、言葉に気を付けろよ」
俺はトビオ少年の言葉に苦笑する。
「あ、わ、わりぃ、クロウズのにいちゃん。ホントに悪い。あー、うん、くず鉄屋のとこだよな?」
「ああ」
素直に謝ったトビオ少年に俺は先ほどの言葉を許すことにする。俺の今の姿がガキにしか見えないのは確かだ。全裸と呼ばれるよりはまだ許容範囲だろう。
町外れのくず鉄屋――ゲンじいさんのところへと向かう。そこではいつものようにゲンじいさんがクルマの整備をしていた。このレイクタウンを拠点としているクロウズの誰かのクルマだろう。
俺たちに気付いたゲンじいさんが作業の手を止める。
「やれやれ。今度は何をしたのかね」
「ただいま。ゲンじいさん」
ゲンじいさんは俺のとなりに座っているシーズカを見ていた。
「ゲンジイ、こいつを預かってくれないか?」
「知っていたかね。ここは託児所ではないんだよ」
ゲンじいさんは大きなため息を吐いている。
「ふーん」
シーズカはランドセルの紐を握り、グラスホッパー号からぴょんと飛び降りる。そのまま俺たちのやり取りを無視してゲンじいさんが整備していたクルマへと向かう。
「ここは仕事場なんだがね。やれやれ。イリスを呼んで来てくれないかね。イリスの話し相手くらいなら……」
ゲンじいさんが俺へと話しかけ、その言葉が途中で止まった。
「フレームの劣化? 内圧50に……ふーん。ねえ、なんで五番装甲を使わないの?」
「……高額だからだね。その部分は八番装甲でも誤差になるんだよ」
ゲンじいさんがシーズカの所へと歩いていく。そして、二人で何やら俺では良く分からない単語が飛び交う会話を始める。
どうやらシーズカとゲンじいさんの相性は良いようだ。
俺は肩を竦め、家の中に入る。
「あ、おかえり」
そこではイリスが食事の用意をしていた。俺たちは、ちょうど良いタイミングで帰ってきたようだ。
家、作業場――新しくなったゲンじいさんのくず鉄屋。作業場が完成し、地下に潜らなくて良くなったのは随分と助かる。地下の薄暗さもそうだが、梯子の上り下りだけでも随分と気が滅入るからだ。
「またしばらく厄介になる」
「うん」
イリスはいつものようにニコニコと微笑んでいる。
俺が、そうやってゲンじいさんのくず鉄屋で過ごしているとトラックを引き連れたトリコロールカラーの玩具みたいな戦車がやってきた。
その玩具みたいな戦車のハッチが開く。
「注文の品。お持ちしましたわ」
そこから現れたのは先端がドリルのように丸まった髪の少女――ルリリだった。
どうやらセラフが注文していた武装を商団主のルリリ自ら運んできてくれたようだ。




