420 湖に沈んだガム03――俺はあんたに聞いている。どうするつもりだ?
「え? 護衛なの? 助かる。さすが、大老。話が分かる」
助手席に座ったシーズカは、素直に喜んでいるようだ。その姿を見る限り、裏は無さそうだ。シーズカが呼んだ訳でも、裏切っている訳でも無いようだ。
「分からないな」
俺は単車に跨がったエムを見ながら肩を竦める。
「俺たちが護衛につくことが、か?」
エムの言葉に俺は首を横に振る。
囲まれている。相手は三台の単車型のクルマだ。
『武装は……』
『サンダーソードと六四式連装ミサイルポッドね。武装は変えていないようだから、その性能は知ってるでしょ』
『ああ。隠れていたのは?』
『蜃気楼外装でしょ。レーダーを誤認させ、光を屈折させて周囲に溶け込む性能。これの弱点は……』
レーダーに写らない。目視も出来ない。なかなか、厄介な外装のようだ。だが、分かりやすい弱点も存在している。
『音だろう?』
『ふふん。その通り』
音を消すことは出来ない。致命的な弱点だ。気付かれないようにするためには、なるべく大きな音が出ないように気を付け、距離を取ることが必要になる。便利なようで微妙な代物だ。
『この三台で全てか』
俺は耳を澄ませ、周囲の音を拾う。伏兵は無い。
「え? 話が分からない? 分かるんだけど」
俺の言葉に変な反応を示しているシーズカを無視してエムを見る。こいつがリーダーで間違いないだろう。だが、リーダーだからといって特殊な武装を積んでいる訳ではなさそうだ。そうなると三台の性能は――実力は同じくらいだろうか。
「いいや、分からないのは、ユメジロウのじいさんだ。俺は、それなりに仲良くやれていたつもりだったが……じいさんが俺と敵対した理由はなんだ?」
「やれやれだなぁ」
俺の言葉を聞いたエムが苦笑している。
「それで?」
俺はエムに問う。その俺の横では、状況についていけないのか、シーズカが間抜けな顔で俺とエムの顔を見比べていた。
「大老のお考えを俺が推し量ることは出来ない。言われたことを言われたように、だ」
エムは俺を見ながら肩を竦める。
「それで? どうするつもりだ?」
相手はクルマ。だが、手の内は分かっている。
「おいおい、その一発撃ったら逃げるしか無いような機銃でやるつもりか? 凄腕なのは認めるが、俺たちを舐めてないか」
エムは言葉とは裏腹に顔の傷を歪ませ、場を和ませるような顔で笑っている。だが、その目は笑っていない。
こいつらはグラスホッパー号に搭載しているグラムノートのことを知っている。だが、牽引しているドラゴンベインとパニッシャーが遠隔操作できることまでは知らないようだ。その隙を突けば、こいつら三人を倒せるだろうか。
……。
このエムが間抜けには見えない。あえてどの程度のことを知っているか、こちらの戦力を知っているか、情報を明かしたのか。俺に無駄だと思わせるため? いや、違う。これは罠だ。罠の可能性が高いだろう。俺に勝てると思わせるため。
それはなんのためだ?
俺が手を出しやすくするために、か?
こいつらは戦いたいのだろうか?
俺は大きく息を吐く。
「それで? もう一度聞く。どうするつもりだ?」
「大老が……」
「俺はあんたに聞いている。どうするつもりだ?」
俺はエムの言葉を遮り、どうするかを問う。
エム。この取り立て屋は有能だ。俺たちに気付かれたと分かった瞬間、すぐに姿を見せた。状況判断が出来る奴なのだろう。
俺は攻撃を仕掛けない。ただ、こいつらに問う。
俺はエムを見る。
エムも俺を見ている。
……。
エムが肩を竦め、大きなため息を吐く。
「まいった。俺たちは撤収する」
「分かった」
俺はエムの答えに満足する。
「え? はぁ? 意味がわかんないんだけど」
シーズカは間抜けな顔でそんなことを言っている。
「エム、ユメジロウのじいさんに伝えてくれ。誰と手を組んだのかは知らないが、俺たちと手を組んだ方が得だ、とな」
「分かった。しっかりと伝えておく」
三台の単車が身を翻し、ハルカナの街の方へと帰っていく。
『あらあら。倒しても良かったでしょ』
エムたちと戦って勝つことは出来ただろう。だが、奴にも何か隠し球があったはずだ。戦えば、こちらの被害もそれなりに出ていただろう。シーズカを守り切れたかも分からない。それに、今はまだ、あのじいさんと敵対するのは得策では無い。向こうもそう思っているから、いきなり襲いかかっては来なかったのだろう。
後は――、
『敵対するにしても、セラフ、お前が買った武装を搭載してからだ。そうだろう?』
『それは確かに。ふふん、納得の理由ね』
もし、潰すのなら、準備は万端にするべきだろう。
「ガム、私、意味がわかんないんだけど」
助手席に座ったランドセルを背負ったお子様が騒いでいる。
「もうすぐレイクタウンだ。そこが目的地だ。ゴールが近いのに護衛は必要ないだろう?」
「そうな、の?」
「そうなんだよ」
「そうなのかー」
シーズカは首の後ろで腕を組み、助手席にもたれかかる。背中のランドセルが大きく潰れている。シーズカはあまり納得が出来ていないようだが、それでも分かってくれたようだ。
俺はグラスホッパー号を発進させる。
レイクタウンはもうすぐだ。
ゲンじいさんのところにシーズカとカスミを預け、セラフが頼んでいた武装をクルマに搭載したら動くべきだろう。
最後の一つ。
最前線。
そして、絶対防衛都市ノア。
セラフの目的。
この地、この時代、この世界を支配しているマザーノルン。
マザーノルンとの最終決戦は近い。




