042 クロウズ試験09――戦闘
機関銃を乗せた蟹もどきが次々と姿を現す。だが、蟹もどきは襲いかかって来ることなく何かを待っていた。待っているだと……何を待っている?
最初の一匹は機関銃を打ち鳴らしたが、そいつだけだ。続かない。まるで景気づけの祝砲代わりだったかのように続かない。
赤い光点が次々とこちらへ集まってきている。
「おいおい、なんだよ、あれは」
ガタイの良いおっさんは呆然と立ち尽くし動かない。蟹もどきの機関銃が火を噴いたことにショックを受けているようだ。
「どういうこと?」
ドレッドへアーの女も機関銃を背負った蟹もどきを見て立ち尽くしている。
不味いな。
この機械どもはここに俺たちが居ることに気付いている。そして、攻撃すること無く何かを待っている。
本当に不味いな。
何かが起こる前に叩くべきか? 動くべきか? だが、下手に手を出して……って、いや、逃げ道の無い、地上が砂嵐によって閉ざされている今、なんとしてでも、この場で凌ぎきらなければならない。
ならば……動くべきだ。
おっさんやドレッドへアーの女のように成り行きに任せてぼーっとしている暇は無い。
となれば――って、ん?
「武装していることには驚きましたが、あれらはあそこから動かないようです。攻めるべきでしょう」
フードの男が狙撃銃を構え、そんなことを言いだした。
ほう、へぇ。
予想外だ。
少し気にくわないが……、
「俺も同意見だ」
「俺も賛成するんだぜ」
このまま待っている方が不味い気がする。
フードの男が近未来的な狙撃銃の引き金を引く。光弾が飛び、集まっている蟹もどきを貫く。
狙う必要が無いくらい、うじゃうじゃと集まっているからフードの男のまったく信用出来ない腕前でも外すことが無いな。
「見なさい。所詮こけおどしです」
フードの男は得意気だ。まぁ、今回くらいは得意になっても良いだろう。
「お、おう。そうだ。行くぜ」
ガタイの良いおっさんが近未来フォルムの短機関銃を両手に持ち蟹もどきへと突っ込む。
「そ、そうね。援護を」
ドレッドへアーの女も狙撃銃を構え、撃つ。
おっさんの短機関銃が止めどなく光弾を放ち続ける。次々と起こる爆発。
撃つ。
撃つ。
撃つ。
撃つ。
弾幕を張り続ける。
次々と現れた蟹もどきたちが何かをする前に沈んでいく。
このまま押し切れるか、と思った時だった。
おっさんの持っていた短機関銃の一つが止まる。おっさんが慌てて何度も引き金を引くが光弾が出ない。
エネルギーが切れたのか?
慌てているおっさんに蟹もどきの一体が飛びかかる。一匹が動いた後は早かった。次々と蟹もどきがおっさんに群がっていく。
逃げようと慌てて背を向けたおっさんが倒され、蟹もどきの足に背中から押さえつけられる。
「フールー、行くぞ」
俺はナイフの男に声をかける。
「はぁ? 何を言っているんだぜ」
「借りを返せ」
おっさんを押さえつけている蟹もどきの一体が背負っている機関銃を下へと向ける。「ひ、ひぃ」
おっさんの情けない叫び声が蟹もどきの山の中から聞こえる。
銃弾の放たれる音はしない。ヤツらは何故か、最初の一回だけしか撃たない、撃っていない。
何故だ?
俺はサブマシンガンを低く構え、走る。
「おい、首輪付き、借りってどういうことなんだぜ」
その俺の横をナイフの男が余裕の表情で併走していた。
「トラックで餓鬼扱いしたことを見逃してやっただろう。少しくらいは本気を出してもらうぞ」
「こんなことなら手を出すんじゃあなかったんだぜ」
俺の言葉を聞いたナイフの男が顔に手をやり、頭を抱える。走りながら器用なものだ。
『ふふん。助けに行くとか馬鹿なの? お前が馬鹿なのは分かっていたけど、この体、私が使うんだから傷つけないで欲しいんだけど』
『別に助けに行く訳じゃないさ。どうせ前に進むしかないんだ。なら、機械どもがあのおっさんにラブコールを送っている今が不意を突くチャンスだと思っただけさ』
本当にそれだけさ。
俺の目の前に十体ほどの蟹もどきが背中を晒して待ってくれている。
「俺が引きつける」
「了解なんだぜ」
蟹もどきを狙い引き金を引く。次々と放たれる銃弾が蟹もどきに当たり、弾かれる。かったいなぁ。
俺の存在に気付いた蟹もどきがぴょんっと飛び上がり、こちらへ振り返る。だが、次の瞬間には男のナイフによって真っ二つになっていた。
跳弾に気を付けながら短機関銃の引き金を引く。注意をこちらへと向ける。その間にフールーが蟹もどきを真っ二つにしていく。
今はなんとかなっている。だが、油断は出来ない。コイツらは機械だ。何らかの方法で繋がっている可能性がある。個別の個体では無く、全体で一つと考えるべきだ。
『ふふふん?』
頭にセラフの笑い声が響く。
「おい!」
ナイフの男、フールーが叫ぶ。分かってる。
背後から迫っていた赤い光点。その飛びかかってきた蟹もどきに振り返りながらの回し蹴りをぶち当てる。
そのまま走る。
そして、おっさんの上で重なっていた蟹もどきたちを蹴り飛ばす。
「おっさん、生きているか?」
「お、おう」
生きているようだ。蟹もどきの重さで敷物になりそうな勢いで潰れているかと思ったが意外と丈夫だったようだ。
おっさんを助け起こす。
「俺たちの時はケチって援護射撃をしないとか、あいつら舐めているんだぜ」
フールーが俺の背後から声をかけてきた。相変わらず気配を消すのが上手い。青い光点を見ていなかったら気付かなかっただろう。
「銃弾を跳ね返すような機械を切るとか、そのナイフはどうなっているんだ?」
「ナイフが凄いんじゃあないんだぜ。俺の腕が凄いんだぜ」
俺は肩を竦める。
「お、おい」
おっさんが叫ぶ。
「うるさいんだぜ。って、マジかよ!」
おっさんに注意したフールーも叫ぶ。
俺もそちらを見て思わず叫びそうになる。
機関銃を乗せた蟹もどきが、その銃を使わなかった理由。
最初の一発は本当に祝砲だったのだろう。
砂に隠れた通路から、そいつは現れた。
それは無数の手を持った観音像が乗っかった戦車だった。
機械の手が蟹もどきの背中に乗っかっている機関銃を握る。
蟹もどきが待っていた理由。
銃を使わなかった理由。
この蟹もどきはコイツを待っていた。
コイツの武器を運んでいるだけだった。
機械の観音像の手に機関銃が握られていく。
「悪趣味だ」
「悪趣味なんだぜ」
「言ってる場合かよ!」




