419 湖に沈んだガム02――用件はなんだ?
俺は、今、グラスホッパー号を運転している。ドラゴンベインとパニッシャーは、そのグラスホッパー号が牽引している。二台のクルマが故障した訳ではない。サンライスの街で使い過ぎたパンドラを節約し、回復させるためだ。
「ガム、あなたさ、これ、無茶し過ぎだと思うんだけど」
そして、グラスホッパー号の助手席には幼い少女の姿があった。そのまだ二桁の年齢にも上がっていないように見える少女が背負ったランドセルからは、いくつもの細長い機械の腕が伸び、俺の左腕を修理? している。
俺が胡散臭い狐顔の男から預かり、安全な場所まで護衛することになった少女は、俺が予想していた通り、ユメジロウじいさんが紹介してくれた修理屋の少女だった。
『確か、名前はシーズカだったか』
『ふふん。良く覚えてるじゃない』
コックローチを倒した後、ボロボロになったドラゴンベインとグラスホッパー号を修理してくれた少女だ。それくらいは覚えている。
『あの時は九頭竜の調整を行ったのなら、そちらでも頼ることがあるかもしれないと思っていたが、本当に頼ることになるとは思わなかった』
『しかも、随分と早く、ね』
セラフの呆れたような声が頭の中に響いている。セラフはあまり武器を使わず、肉弾戦を主とする俺に不満があるようだ。
「それで直りそうか?」
俺の言葉にシーズカがため息を吐く。
「ガムさー、あなた、その言葉、何度目? 私の腕が疑われているみたいで不快なんだけど」
「疑ってないさ。シーズカが直せないと言ったら諦めるつもりだ。だから聞いている」
「あ、そう。へー、ふーん。まぁ、私なら直せると思うけど」
「思う、けど?」
「思うけど、材料が足りないし、こんな移動しながら修理なんて無理」
「あまり揺らさないように運転しているつもりだ」
俺の言葉を聞いたシーズカがもう一度、今度は大きなため息を吐く。
「そういうことじゃないんだけど」
どうやら左腕の機械の腕九頭竜の本格的な修理は目的地に着いてからになるようだ。
目的地。俺たちの目的地はレイクタウンのゲンじいさんのところだ。俺が思いつく、安全な場所はそこしか無かった。
『あそこになら修理用の素材もあるだろうしな』
『ふふん。買った武器の配送先にも指定しているから。楽しみね』
『ああ、そうだ……って、セラフ。お前は何を言っている?』
『ふふん。今回、結構な賞金が出たでしょ』
『待て待て、お前は何を言っている。もしかしてフォルミの賞金を使ったのか?』
『あらあら。次の目的地はノアでしょ。最前線よ。武装の強化は必須だから』
どうやらフォルミを倒して手に入れた賞金は、一度も見ること無く消えたようだ。セラフには、何か買う時は事前に言えと伝えておいたはずだが、どうやら、こいつは俺の言葉を少しも理解していなかったようだ。
「ねえ、でさ、あの後ろのクルマに乗っている人、大丈夫?」
俺の左腕をいじっているシーズカがそんなことを聞いてきた。
「カスミなら疲れているだけだ。休ませれば大丈夫だ」
「そうそう、そのカスミさん。その言葉、昨日も聞いたんだけど」
「……大丈夫さ」
カスミはドラゴンベインの中で眠っている。無理をし過ぎたからだろう。廃棄されていた使い捨ての人造人間だったカスミが、何処まで再生出来るかは分からないが、そこはセラフに任せるしかない。
『ふふん。そっちも任せなさい』
『ああ、任せるさ』
命懸けで俺の命を救ってくれたカスミだ。出来れば助けたい。
出来れば?
今、俺は出来ればと考えたのか。いや、ここは絶対に助けてみせると考えるべきだろう。セラフに任せるしかないのだとしても、それで終わりで良いのだろうか? 人造人間でも命は命だ。命には命を。
どうにも、あの何度も死んでから、俺が俺でなくなったような違和感を覚える。以前の俺なら、こんな風に考えていただろうか? 以前の俺はこんな性格だっただろうか? 変わっていないようにも思えるし、変わってしまったようにも思える。
……。
『考え事の最中に悪いけど、ふふん。敵ね』
『ああ、そのようだ』
囲まれている。
俺はグラスホッパー号を停車させる。
「ガム、こんな、何も無いところで突然、止まるとか、びっくりするんだけど」
シーズカが突然の停車に驚いている。
周囲には何も無い。
ただ道が続いているだけだ。
だが、確実に囲まれている。よく見れば、何も無いはずの空間が揺らぎ、チリチリとナノマシーンが舞っている。
俺がグラスホッパー号を停車させたまま、しばらく待っていると、それは動き出した。揺らぎが大きくなり、何も無かった空間からクルマが現れる。後部にミサイルランチャーを取り付けた、フルカウルに白いスポーツタイプの単車の一団だ。
一、二、……三台、か。
ユメジロウじいさんのところの連中だろう。
「用件はなんだ?」
俺は単車に乗った男たちに聞く。
単車に跨がった男の一人がヘルメットのバイザーを上げる。大きく斜めに走った傷が目立つ野性味溢れた顔――見覚えのある顔だ。
確か、取り立て屋のエムだったか。
「はは、勘違いしないでくれ。大老から護衛を頼まれただけだ」
取り立て屋のエムはそんなことを言っている。
なるほど、護衛。
シーズカの護衛か。
だが、その言葉を信じることは出来ない。セラフは敵だと言っていた。俺もそう思う。こいつらが姿を現したことで、それは確信に変わった。
さて、どうする。




