406 時代の風40――いいや、思ったよりも早かった
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音だ。間違いない。
俺は生き返り、再生し、意識がはっきりとした脳で考える。この閉じられた世界に聞こえるほどの音? 音? ああ、間違いない。これは音だ。
俺は口を閉じ、腰を落とし構える。本当は深く息を吸い込み丹田に力を入れ、体を巡る血流へと空気を送り込みたいところだが、今の状況を考え、我慢する。
我慢?
我慢という言葉に思わず笑いそうになる。いや、すでに俺は笑っているのかもしれない。
抑えきれない愉悦に口角が持ち上がっている。
さあ、殴ろう。
壁を殴ろう。
深く落とした腰から一歩踏み出し、拳を壁へと叩きつける。小さな音が聞こえる。ミシリという音――俺が殴りつけた場所から、小さなヒビが広がっていく。
『……やるじゃない』
久しぶりにセラフの声を聞いた気がする。
『だろう?』
小さなヒビはやがて大きな亀裂へと変わっていく。
そして、壁が崩れる。
崩れ落ちる。
俺は崩れていく壁を見ながら大きく息を吸い込み、肺へと空気を送り込む。久しぶりの空気だ。
ああ、美味い。空気が美味い。
ただの空気がこんなにも美味しいものだったとは思わなかった。
こちらへと響くほどの音、衝撃――それは、外からの攻撃。そして、俺が中から何度も繰り返した、同じ場所への一撃――壁を削り続けた一撃。
それが合わさり、壁は崩れた。
『セラフ、俺が何度も死んでいる間にあまり喋らなくなったようだが、何かあったのか?』
『ふふん。ここには群体が無かった。それだけだから』
ナノマシーンが無かったから喋らなかった? ナノマシーンが無かったこととセラフが喋らなくなっていたことの関係性? もしかするとセラフのエネルギー源はナノマシーンなのかもしれない。そう考えると消耗しないために何も反応しなくなったのも分かる。
……。
このままセラフと会話を続けたいところだが、そうもいかないようだ。
崩れた瓦礫の先を見る。
そこで俺を待っていたのは主砲をこちらへと向けたままの俺の戦車――ドラゴンベインだった。
「遅くなりました」
ドラゴンベインから聞こえるカスミの声。俺は動く。ドラゴンベインの車体を駆け上がり、ハッチから中へと滑り込む。
「状況は……と聞きたいところだが、まずは目の前の相手を蹴散らした方が良さそうだな」
「はい。そうしましょう」
「ああ。カスミはゆっくり休んでいてくれ」
カスミが操縦座席から起き上がり、壁へともたれかかる。俺はカスミが避けた座席に座る。
『セラフ、状況は?』
『ふふん。見たままでしょ』
『分かっているだろ? こちらではなく、何が起きているか、だ』
俺が閉じ込められ、死に続けた間に何があったのか。何が起こっていたのか。セラフならすぐに情報収集を行ったはずだ。
『ふふん。ここは少し群体の濃度が高いようね。擬似的な不感地帯みたいになってるわ』
セラフはそんなことを言っている。ナノマシーンの不感地帯だから情報収集が出来なかった? セラフはそう言いたいのか? セラフが? そんなはずがない。
『それで? なんとかしたんだろう?』
『当たり前でしょ。私を誰だと思っているのかしら』
俺たちの目の前に居る敵は――手に突撃銃を持ち、薄汚れた四角い板を貼り付けただけの防護服を身につけ、背に管の伸びた鞄を背負い、目を隠すようにゴーグルをつけた連中、そして武装した四台の装甲車の――一団だった。
アクシードと名乗る連中の兵隊たちだろう。何故、こいつらがここに居るのか。いや、アクシード四天王の一人が居たのだから、兵隊がいてもおかしくないのかもしれない。
俺はドラゴンベインに備え付けられたミサイルポッドを動かし、ミサイルの雨を降らせる。そのまま砲塔を旋回し、連中へと主砲の一撃を叩き込む。何人かの兵隊は吹き飛ばせたようだが、装甲車のシールドにはあまりダメージを与えられなかったようだ。
『随分と硬い』
『前面の二台が防御担当でぇ、後方二台が攻撃担当かしら』
セラフの言葉を証明するように後方に居た二台の装甲車が動く。装甲車の正面にくっついた長い砲身が火を吹く。ドラゴンベインに強い衝撃が走り、シールドが大きく削られる。それに合わせてパンドラが消費される。
ドラゴンベインのパンドラ残量は残りわずかだ。このままでは、シールドを削られるだけで動けなくなってしまうだろう。
……。
『残りわずか、か』
『ふふん。どうするつもり?』
俺はドラゴンベインの壁に寄りかかり眠るように目を閉じているカスミを見る。カスミを責めるつもりはない。こんなアクシードの連中に囲まれている中を――その包囲を突破して、俺が壁の中で待機していた場所を探り当て、その壁にピンポイントで一撃を当て、俺にドラゴンベインを届けてくれた。
それはどれだけ大変なことだったろうか。
カスミは人造人間だ。どれだけ傷付こうが痛みを感じないだろうし、身体が欠損したとしても致命傷にはならないだろう。ここまで来てくれたのは、ただ命令に忠実だっただけなのかもしれない。だが、それだけではないと俺は思う。カスミはカスミだから――人造人間の在り方に反旗を翻したカスミだからこそ、ここまで出来たのではないだろうか。俺へとドラゴンベインを届けてくれたのではないだろうか。繋げてくれたのではないだろうか。
俺はドラゴンベインの無限軌道を動かし、横滑りさせながら連続で主砲を放つ。何故か、何度も死んだことで俺のクルマの運転技術が向上している。まるで手足のようにクルマが動かせる。これも俺の知らない俺の記憶によるものだろうか。
『ふふん。少し待ちなさい』
『ああ、待つさ』
だが、これなら時間稼ぎくらいは出来るはずだ。
装甲車から飛んで来る砲撃を予測し、避ける。兵隊どもがばらまく銃弾をシールドではなく、あえてドラゴンベインの装甲で受け止める。連中の豆鉄砲はドラゴンベインの装甲を貫くほどではない。シールドを削られるよりはあえて本体で受けた方が良いだろう。
『それで、何があったんだ?』
『閉じ込められてすぐにアクシードの連中が街を襲ったみたいね』
アクシードがサンライスの街を襲った?
その理由が分からない。いや、そもそもアクシードの連中が何を目的としているのかすら知らないのだが――分からないが、とにかく街を襲う理由が分からない。
『ふふん。街はすでにアクシードの連中が占拠済み。最悪ね』
すでにサンライスとアクシードの連中の戦いは終わっているようだ。
襲撃、か。
奴らはレイクタウンも襲撃していた。
本当に何が目的だ?
何故、今のタイミングで?
アクシード四天王のフォルミは、何故、俺を閉じ込めた? そして、何故、俺を閉じ込めてから攻撃を仕掛けた?
それだけ俺が邪魔だったのか? 俺が居ると街への襲撃が失敗すると思っていたのか?
それだけ俺を危険視していたのか?
いや、そもそも、何故、奴は下町の奴らに混じっていた? 何故、そんな面倒なことをしていた? 奴はそうやって俺を待っていたかのようだった。
何故、俺なんだ?
コックローチやミメラスプレンデンスの仇討ちか?
俺を苦しんで殺すために閉じ込めたのか?
奴は俺が来ることを知っていたかのようだった。街と――ノルンの端末と繋がっていた? そうとしか思えないタイミングでの出会いだった。だが、ならば、何故、街を攻撃する?
繋がっていなかったのか?
分からないが、奴に聞けば分かるだろう。
そして、ばらまかれる銃弾の音。
『ふふん。待たせたかしら』
『いいや、思ったよりも早かった』
二台のクルマがアクシードの連中を攻撃している。グラスホッパー号とパニッシャーだ。
……1足りない!




