404 時代の風38――元に戻っているのか
壁により掛かり、頭を振る。
『あなた、また死んでいたわよ』
俺はよろよろと立ち上がる。
『そうか』
俺はまた死んでいたようだ。
なけなしの体力を振り絞り、腰を落として構える。壁を殴る。何度も殴る。拳が砕けようが構わない。殴る。
あ。
俺の中の活力が、生きるための力が薄れていく。そのままずるずると倒れ込む。
……。
『あなた、また死んでいたわよ』
頭の中に響くセラフの声で目が覚める。
『そうか。どれくらい死んでいた?』
『さあ? 五日くらいでしょ』
『そうか』
壁により掛かりながら、立ち上がり、構える。壁を殴る。何度も殴る。拳が砕けようと構わない。殴る。
俺の体の中の生きる力が失われていく。そのままずるずると倒れ込む。
また俺は死ぬのか。
……。
『あなた、また死んでいたわよ』
セラフの声で目覚める。
『そうか』
俺は壁に寄りかかりながら起き上がる。俺はまた死んでいたようだ。最初の――元気だった頃、この閉ざされた世界を探索した。だが、何も無かった。あったのは壁だけだ。俺たちが逃げないよう全方位、石のような材質の恐ろしく硬い壁によって塞がれている。
何処も、何処も、だ!
逃げ道は無い。
行く場所は、無い。
行ける場所は、無い。
俺は壁に体当たりするように動き、その反動で壁から離れる。構える。壁を殴る。何度も殴る。拳が砕けても、俺は動きを止めない。何度も、何度も、殴る。
運動によって失われたエネルギーを求めるように息をする。
う。
息を吸い、その苦しさに、俺は喉を掻き毟りそうになる。だが、体が動かない。そのまま俺は、倒れ、意識を失う。
……。
『あなた、また死んでいたわよ』
セラフの声が頭の中に響く。声だ。
『そう、か』
朦朧としていた意識がはっきりとしてくる。
最初の頃は随分と騒がしかった。色々な声に溢れていた。それが聞こえなくなってから、どれだけ経っているだろうか。
声。そう、連中の声だ。しばらくすると、その音は、ガリっ、ガリっ、バリっ、バリっ、と何かを咀嚼する音に変わった。時々、何かをすするような音も聞こえていた。
その音が聞こえなくなってから、どれだけの時間が――日数が経っているだろうか。
俺は壁へと体を押しつけ、よろよろと起き上がる。拳を握る。構え、壁を殴る。ただ、ただ、無心で殴る。拳が砕けても、息が上がっても、殴る。
呼吸。
息を吸った瞬間、痛みを覚える。体中の血液が悲鳴を上げている。
次の瞬間、俺は意識を手放していた。
……。
『あなた、また死んでいたわよ』
『そうか』
繰り返されるセラフの声は、何処か呆れたような声質に変わっていた。
カスミの助けは未だ……無い。繰り返される生と死。助けは来ない。
助けは来ない。
だが、決して、俺は、カスミを疑っては居ない。カスミはカスミで俺を救出しようと動いてくれているはずだ。
だが、助けは来ない。
そこには何かの理由があるはずだ。カスミが動けない理由。
――フォルミ。アクシード四天王、最後の一人。
この状況を作り出した男。
奴がこの壁の向こうに居る。もしかするとカスミはフォルミと戦闘になっているのかもしれない。それが俺の救出が遅れている理由かも知れない。
俺はよろよろと起き上がり、構える。強く、拳を握る。壁を殴る。壁を殴る。壁を殴る。壁を……。
……。
『あなた、また死んでいたわよ』
セラフの声で生き返る。
『そうか、また、か』
俺は、また死んでいた。
死んでいた。
俺の死因。その一つは餓えによるものだ。当たり前だが、ここに食べ物は、飲み物は――無い。
食べられる物、飲める物。そんなものは無い。いや、少し前まではあった。だが、それは静寂とともに消えた。俺はそれに手を出さなかった。俺の中の、人としての矜持が、それをギリギリまで踏みとどまらせていた。俺はそれを口にするよりも、死ぬことを選んでいた。
俺はゆっくりと立ち上がり、拳を握る。殴る。壁を殴る。何度も、何度も、だ。俺は死ぬまで壁を殴る。
そして、目の前が真っ白になる。暗闇なのに、白。白、白、白。世界が真っ白だ。
俺の死因のもう一つ。ここには酸素が無い。ああ、きっと残されていないのだろう。呼吸するだけで俺の体は苦しみ、死ぬ。
……。
『あなた、また死んでいたわよ』
『ああ』
俺は目覚める。
何度、死んだだろうか。
何度、生き返っただろうか。
繰り返される、生と死。
俺が死ぬたびに、体内のナノマシーンが活性化し、俺を生き返らせる。元の状態に戻す。そして、死ぬ。
死ぬたびに、俺は、知らないはずの記憶を思い出す。
俺は最初からこんな性格だっただろうか。
俺は、俺だろうか。
死ぬたびに、生き返るたびに、俺が変わっているような気がする。
『元に戻っているのか』
俺は、それをどういう意味で、どちらの意味で言ったのだろうか。




