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かみ続けて味のしないガム  作者: 無為無策の雪ノ葉
湖に沈んだガム

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401/727

401 時代の風35――「死んだ」

「す、すげぇ」

「あの距離を、跳んだ」

「……マジか」

「本当に凄腕だった」

 全裸に近い男たちが興奮した様子で俺の元へと集まってくる。


 俺は小さくため息を吐き、床に刺していた筒を拾う。エネルギーの残量はかなり減っているようだ。


 ……。


 四人のむさい全裸の男。


「分かったから服を着てくれ」

 俺の言葉に全裸の男たちが自分の姿を思い出したようだ。

「あ、いや」

「ははは」

「ふ、服はどこだ」

「死ぬかと思った」

 紐代わりに使った服の半分は回収出来たはずだ。それを着れば良いだろう。


 俺はいそいそと着替え始める男たちを横目に周囲を見回す。


 敵の姿は見えない。砲塔(タレット)や警備機械のようなものも無いようだ。とりあえず、ここは安全だ。


『ここはロビーか?』

 少し広めの部屋だ。休憩用と思われる椅子や観葉植物なども置かれている。そして、それが本来の用途であったかのようにI型になった鋼材や木材が積み上げられていた。ここは資材の搬入口でもあったのだろう。

『搬入口? ふふん、さあ? どうでしょうね』

『資材は放置されて結構経っている』

 資材の上には埃が乗っていた。


 ……。


 資材が放置されている理由が良く分からない。エレベーターが生きていたこともそうだが、人が行き来し易いように整備された通路の様子から、今もここが頻繁に使われているのは分かる。

『なら、何故、資材は放置したままなんだ? 普通に邪魔だろう?』

『ふふん。運ぶ先が無いんでしょ』

『そうなのか?』

『でしょ』

『そういうものか』

『そういうもの』


 俺は設置されていた椅子に座り、その背もたれへと深く寄りかかる。


 運ぶ先がないから放置、か。


 資材になるから下町には運びたくない。かといってサンライスの街には入れたくない?


『街の景観を損ねるからでしょ』

 セラフの言葉に俺は肩を竦める。地上から離れた場所にある街だ。土地が限られているのだろう。だが、良く分からない畑があったくらいだ。いくらでもやりようはあるように思う。もしかすると、そこまで手が回らなかったというのが正解かもしれない。


 そのまましばらく待っていると階段から息を切らせたラシードたちが現れた。三人しか姿が見えない。五人ほど数が減っている。

「し、死ぬかと思った」

「な、なによ! こっちの方が安全だって話だったのに酷いじゃない」

「ああ。だが、まずは助かったことを喜ぼう」

 どうやら階段側は階段側で大変だったようだ。


 俺に気付いた三人が興奮した様子でこちらへと駆け寄ってくる。


 おや? まだまだ元気なようだ。


「ちょっと、何処が安全なの! 騙したのね!」

 俺は別に階段が安全だとは言っていない。エレベーターよりは危険が少ないと思っただけだ。

「仲間が死んだぞ! 殺されたぞ!」

「彼を責めるのは後だ。アブジルは? 姿が見えないようだが」

 ラシードは、興奮している二人をなだめるように、それでいて自分が一番興奮した様子で俺へと詰め寄る。


 俺は肩を竦める。


 アブジル?


 軍師君か。


「死んだ」


 俺の言葉に息をのむ三人。


「う、嘘……」

「凄腕だろ。凄腕なんだろ。お前が! こいつが殺したのか!」

「ま、待ってくれ。それは本当なのか」

 三人は俺の言葉が信じられないようだ。


「あ? 大将?」

「やっと来たのか」

「ん? でも揉めてるようだぞ」

「服、分けてくれねぇかなぁ」

 残った服の取り合いをしていた全裸の男たちもラシードたちが合流したことに気付いたようだ。間抜けな顔でこちらへと歩いてくる。


「あ、あんたら。あんたらは生きてたんだ」

「なぁ、教えてくれ。他の奴は?」

「どういうことか、君たちからも教えて欲しい。アブジルは?」

 ラシードたち三人が今度は半裸の四人に詰め寄る。四人が顔を見合わせる。


「アブジルは……死んだ」

「なんとか亡骸だけでも回収したかったけどよぉ」

「そんな余裕は無かったんだよ」

「ああ、だな」

 四人の言葉を聞いて、ラシードたちはやっと俺の言葉が――軍師君たちの死が、本当のことだと理解したようだ。


「う、嘘よ。あの頭の良いアブジルが死ぬ訳ないじゃない」

「これからも俺たちには必要なんだぞ。なんで、こいつらが生き残ってアブジルが死ぬんだ」

「ガムさん、何のために、あなたをそちらにつかせたか分かって……! こうならない為だったのに、それが!」

 ラシードが強く拳を握りしめている。


 俺はもう一度肩を竦める。


 俺には死んだ人間を生き返らせるような能力は無い。それに、これはあの軍師君が選択したことだ。自分の命よりも仲間の命、それを優先した結果だ。命は平等では無い。こいつらの中での軍師君の立場を考えれば、それは愚かな選択だったろう。だが、それでも、それを選んだのは軍師君だ。


 ……。


「おい、ちょっと待ってくれよ。俺らが助かったのは、このお方のおかげだぞ」

「大将、俺らなら死んでもいいって訳か。そうなのかよ」

「このお方は、俺らを助けてくれるために出来ることをやってくれたんだぞ」

「ああ。見てもいねぇ奴らが、分かりもしねぇのに言うことかよ」

 何故か半裸の四人の男が俺を擁護し始める。


「ま、待ってくれ。別にそういうつもりで言った訳じゃない」

「ええ。ただちょっと動揺してただけだから。落ち着いてよ」

「俺たちも命懸けで、ちょっとな」

 四人の勢いに押されうろたえるラシードたち三人。


『まさか擁護されるとは思わなかった』

『ふふん。やっと身の程が分かったんでしょ』

 俺は小さくため息を吐きながら立ち上がる。


「待ってくれ。何処に行くつもりだ」

 四人の勢いに押されていたラシードだが、すぐに立ち直り、俺を詰問する。


「進むんだろ? このままここに居ても敵を呼び寄せるだけだ」


 残っているのはサンライスの街への防壁だけのはずだ。そこを抜ければサンライスだ。街中でも攻撃を受ける可能性はあるが、そこまで辿り着けば……後は何とかなるだろう。


 俺を含めて残り八人。


 後、少しだ。

2022年10月9日修正

「ま、待てくれ → 「ま、待ってくれ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 凄腕だ! [一言] もう全裸には戻らない。 階段側はもっとギリギリで来るかと思ったけど、これも調整なんだろうか。 擁護が入ったのは怪我の功名ですねえ。 これで名誉の戦死を遂げた軍師君も浮…
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