401 時代の風35――「死んだ」
「す、すげぇ」
「あの距離を、跳んだ」
「……マジか」
「本当に凄腕だった」
全裸に近い男たちが興奮した様子で俺の元へと集まってくる。
俺は小さくため息を吐き、床に刺していた筒を拾う。エネルギーの残量はかなり減っているようだ。
……。
四人のむさい全裸の男。
「分かったから服を着てくれ」
俺の言葉に全裸の男たちが自分の姿を思い出したようだ。
「あ、いや」
「ははは」
「ふ、服はどこだ」
「死ぬかと思った」
紐代わりに使った服の半分は回収出来たはずだ。それを着れば良いだろう。
俺はいそいそと着替え始める男たちを横目に周囲を見回す。
敵の姿は見えない。砲塔や警備機械のようなものも無いようだ。とりあえず、ここは安全だ。
『ここはロビーか?』
少し広めの部屋だ。休憩用と思われる椅子や観葉植物なども置かれている。そして、それが本来の用途であったかのようにI型になった鋼材や木材が積み上げられていた。ここは資材の搬入口でもあったのだろう。
『搬入口? ふふん、さあ? どうでしょうね』
『資材は放置されて結構経っている』
資材の上には埃が乗っていた。
……。
資材が放置されている理由が良く分からない。エレベーターが生きていたこともそうだが、人が行き来し易いように整備された通路の様子から、今もここが頻繁に使われているのは分かる。
『なら、何故、資材は放置したままなんだ? 普通に邪魔だろう?』
『ふふん。運ぶ先が無いんでしょ』
『そうなのか?』
『でしょ』
『そういうものか』
『そういうもの』
俺は設置されていた椅子に座り、その背もたれへと深く寄りかかる。
運ぶ先がないから放置、か。
資材になるから下町には運びたくない。かといってサンライスの街には入れたくない?
『街の景観を損ねるからでしょ』
セラフの言葉に俺は肩を竦める。地上から離れた場所にある街だ。土地が限られているのだろう。だが、良く分からない畑があったくらいだ。いくらでもやりようはあるように思う。もしかすると、そこまで手が回らなかったというのが正解かもしれない。
そのまましばらく待っていると階段から息を切らせたラシードたちが現れた。三人しか姿が見えない。五人ほど数が減っている。
「し、死ぬかと思った」
「な、なによ! こっちの方が安全だって話だったのに酷いじゃない」
「ああ。だが、まずは助かったことを喜ぼう」
どうやら階段側は階段側で大変だったようだ。
俺に気付いた三人が興奮した様子でこちらへと駆け寄ってくる。
おや? まだまだ元気なようだ。
「ちょっと、何処が安全なの! 騙したのね!」
俺は別に階段が安全だとは言っていない。エレベーターよりは危険が少ないと思っただけだ。
「仲間が死んだぞ! 殺されたぞ!」
「彼を責めるのは後だ。アブジルは? 姿が見えないようだが」
ラシードは、興奮している二人をなだめるように、それでいて自分が一番興奮した様子で俺へと詰め寄る。
俺は肩を竦める。
アブジル?
軍師君か。
「死んだ」
俺の言葉に息をのむ三人。
「う、嘘……」
「凄腕だろ。凄腕なんだろ。お前が! こいつが殺したのか!」
「ま、待ってくれ。それは本当なのか」
三人は俺の言葉が信じられないようだ。
「あ? 大将?」
「やっと来たのか」
「ん? でも揉めてるようだぞ」
「服、分けてくれねぇかなぁ」
残った服の取り合いをしていた全裸の男たちもラシードたちが合流したことに気付いたようだ。間抜けな顔でこちらへと歩いてくる。
「あ、あんたら。あんたらは生きてたんだ」
「なぁ、教えてくれ。他の奴は?」
「どういうことか、君たちからも教えて欲しい。アブジルは?」
ラシードたち三人が今度は半裸の四人に詰め寄る。四人が顔を見合わせる。
「アブジルは……死んだ」
「なんとか亡骸だけでも回収したかったけどよぉ」
「そんな余裕は無かったんだよ」
「ああ、だな」
四人の言葉を聞いて、ラシードたちはやっと俺の言葉が――軍師君たちの死が、本当のことだと理解したようだ。
「う、嘘よ。あの頭の良いアブジルが死ぬ訳ないじゃない」
「これからも俺たちには必要なんだぞ。なんで、こいつらが生き残ってアブジルが死ぬんだ」
「ガムさん、何のために、あなたをそちらにつかせたか分かって……! こうならない為だったのに、それが!」
ラシードが強く拳を握りしめている。
俺はもう一度肩を竦める。
俺には死んだ人間を生き返らせるような能力は無い。それに、これはあの軍師君が選択したことだ。自分の命よりも仲間の命、それを優先した結果だ。命は平等では無い。こいつらの中での軍師君の立場を考えれば、それは愚かな選択だったろう。だが、それでも、それを選んだのは軍師君だ。
……。
「おい、ちょっと待ってくれよ。俺らが助かったのは、このお方のおかげだぞ」
「大将、俺らなら死んでもいいって訳か。そうなのかよ」
「このお方は、俺らを助けてくれるために出来ることをやってくれたんだぞ」
「ああ。見てもいねぇ奴らが、分かりもしねぇのに言うことかよ」
何故か半裸の四人の男が俺を擁護し始める。
「ま、待ってくれ。別にそういうつもりで言った訳じゃない」
「ええ。ただちょっと動揺してただけだから。落ち着いてよ」
「俺たちも命懸けで、ちょっとな」
四人の勢いに押されうろたえるラシードたち三人。
『まさか擁護されるとは思わなかった』
『ふふん。やっと身の程が分かったんでしょ』
俺は小さくため息を吐きながら立ち上がる。
「待ってくれ。何処に行くつもりだ」
四人の勢いに押されていたラシードだが、すぐに立ち直り、俺を詰問する。
「進むんだろ? このままここに居ても敵を呼び寄せるだけだ」
残っているのはサンライスの街への防壁だけのはずだ。そこを抜ければサンライスだ。街中でも攻撃を受ける可能性はあるが、そこまで辿り着けば……後は何とかなるだろう。
俺を含めて残り八人。
後、少しだ。
2022年10月9日修正
「ま、待てくれ → 「ま、待ってくれ




