400 時代の風34――「投げるんだよ」
俺は大きくため息を吐き、扉に手を入れる。
ミスをミスのままで終わらせる訳にはいかない。俺は扉をこじ開ける。
『あらあら、何をするつもりかしら』
『少し、無茶をする。この体なら何とかなるだろう』
俺は下を見る。
箱はかなりの勢いで下へと落ちている。
もう残された時間は無い。
筒から光刃を生み出し、それを地面に突き刺す。
そして、俺は飛ぶ。
穴の中へ……とでは無い。壁の方へ――壁にある箱を動かしているベルトへと飛ぶ。十メートルくらいだろうか。かなりの距離はあったが問題無い。そのまま壊れた機械の腕九頭竜をベルトに巻き込ませる。
『ちょっと、何をするつもり!』
セラフの焦った声を聞き流し、力を入れる。片方のベルトを掴みながら、機械の腕九頭竜を引っかけながら肩に力を入れる。
無茶は覚悟の上だ。
機械の腕九頭竜に絡みついたベルトが金属を削り、甲高い音を響かせている。だが、その甲高い音はゆっくりと、そして確実に小さくなっていく。
ベルトを掴み体を支えている方の右腕から白い煙が出ている。俺の体を構成しているナノマシーンが分解と再生を繰り返しているのだろう。生身では出来なかったであろう力技だ。
俺の体を削り、それを抵抗としてベルトの勢いを抑えていく。
そしてベルトが止まる。
ゆっくりと止めたため、中の人間にはそれほど大きな衝撃は伝わっていないはずだ。
「聞こえるか!」
俺は叫ぶ。
声が反響し、下へと落ちていく。
きっと聞こえているはずだ。落下の衝撃で気を失っていなければ大丈夫だろう。
「死にたくなければ、箱の上に登れ! そこからベルトを伝って上がって来るんだ!」
俺は再び叫ぶ。
そのまましばらく待つ。
すると下の方で反応があった。
これはベルトを伝って上がって来る音だ。どうやら落下の衝撃で死んではいなかったようだ。
俺は体が千切れるような痛みに耐えながら待つ。
そして、ぐずぐずと涙ぐみながら登ってくる連中の姿が見えてくる。
「ぐ、ぐ、ぐぞう、じにだぐねぇ」
「た、助けてくれ」
「手が痛ぇ」
「な、なんとかしてくれよ」
こいつらも自分の命が一番大切だと思い出したようだ。戦友の死体を埋葬したい、とか、故郷に還したい、とか、そういう気持ちは俺だって分かる。だが、そのために自分の命を犠牲にするようでは本末転倒だろう。
「見えるか」
俺は顎で、こじ開けた扉を指す。ベルトを登ってきた連中が扉の方を見る。
「み、見える」
「少し、開いた扉?」
見えているようだ。
「アレが出口だ」
俺の言葉にベルトを登ってきた四人が騒ぎ出す。
「で、出口?」
「どうやって向こうに行くんだよ」
「手が届く距離じゃねぇよ」
「飛んだって無理だ」
こいつらが騒ぐのも仕方ない。そう、このベルトから扉までは十メートルほどの距離がある。壁を蹴って跳んだとしても、こいつらには難しい距離だろう。こいつらでは無理だ。
「見えるか?」
俺はもう一度、こいつらに伝える。
「何がだよ」
「ここでぶら下がって誰かが来るのを待つのかよ」
「た、大将が助けに来てくれるかも、だよな?」
「……ひぐ」
こいつらには見えていないようだ。
「あの扉、その先の床に出っ張りがあるのが見えるか?」
俺が地面に突き刺した光刃を生み出す筒だ。光刃で穴を開け、そこに突っ込んだのでちょっとやそっとでは動かないだろう。
「み、見える」
「だけど、アレがなんなんだよ!」
連中はまだ分からないようだ。
「落ちないように気を付けて服を脱げ。それを縛ってロープにしろ」
「え?」
こいつらはまだ分からないようだ。
「投げるんだよ」
ベルトを掴んでいる男たちが一瞬固まる。そして、お互いに顔を見合わせている。ここにはロープになりそうなものがない。こいつらの服しか無い。
「このままずっとここに居るつもりか? 早くしろ。落ちないように気を付けろよ」
ここでこいつらに落ちられたら、俺が身を削って助けようとしている全てが無駄になってしまう。
男たちが諦めたように服を脱ぎ、それを結び合わせていく。四人の服を全て結べば十メートルくらいにはなるだろう。
服で紐を造り、それを扉の方へと投げる。
何度も何度も繰り返し、俺が他の方法を考えた方が良かっただろうかと考え始めたところで、服の紐が地面に突き刺した筒に引っ掛かった。
服の紐をベルトに結びつけ、たゆみが無いように引っ張る。
……これで大丈夫だろう。
連中が恐る恐る服の紐を握り、安全を確かめている。
「一人一人、慎重に行け」
所詮、服で作った紐だ。重さに耐えきれなかった時、服が破れた時、結び目がほどけてしまった時――色々な危険が考えられる。
服を脱ぎ、全裸に近い男が服の紐を伝う。
「くそ、全裸ってそういう意味かよ」
「全裸のガム……恐ろしい」
「……」
「泣きそうだ」
連中が軽口を叩いている。随分と余裕が出たようだ。
「やった」
一人が出口に辿り着く。
「全裸……」
次の男が服の紐を伝い、同じように扉に辿り着く。
「ふ、ふぅ、死ぬかと思った」
三人目も無事に辿り着く。
「よし、次は俺だ」
四人目が服の紐を伝っていく。
「あ……」
その声が誰のものだったろうか。男が渡っている途中で服の紐が破れる。男はとっさに服を掴む。そのままターザンよろしく扉の方へと動く。
「早く引っ張りあげてやれ!」
俺は叫ぶ。
出口に辿り着いていた三人が慌てて服の紐を引っ張る。その紐を掴んでいた四人目が引っ張りあげられる。
なんとか四人目も無事、出口に辿り着けたようだ。
「お、おい、凄腕」
「すまねぇ、すまねぇ」
「助かった。あんたの犠牲は忘れねぇ」
「あんたどうすんだよ」
無事、辿り着いた四人が俺に謝っている。
服の紐は切れた。
出口に渡る方法が無いと思っているのだろう。
俺は大きくため息を吐く。俺がどうやってこのベルトまで来たと思っているのだろうか。
俺はベルトに絡めた機械の腕九頭竜を無理矢理引き抜く。俺の左腕――機械の腕九頭竜は、箱の重さに耐え、ベルトに削られたことで、金属繊維が剥き出しになり、ボロボロになっている。
ふぅ。
出口まで飛び移る? それよりも、俺にとっては、この左腕を絡めたベルトから無理矢理引き抜いたことの方が余程大変だろう。
『ふふん。そうでしょうね』
さて、と。
行くか。
壁を蹴り、跳ぶ。
俺の体は大きな弧を描き、扉を抜ける。出口へと着地する。
そんな俺を助かった四人が驚いた顔で見ていた。
400!




