040 クロウズ試験07――疑惑
砂嵐から逃げ、慌てて下の階層へと降りる。
そして一息つく。
「凄い音! 間一髪じゃない!」
ドレッドへアーの女が上を見て叫んでいる。
砂嵐はこの廃工場にとどまっているらしく、建物を大きく揺らし暴れている。砂に埋まっているこの階層は大丈夫そうだが、上の階は洒落にならないことになっているかもしれない。
「それよりもだ。あいつが死んだってどういうことだ!」
ガタイの良いおっさんが叫んでいる。
「しかも荷物が無くなっていたんだぜ」
俺は確認していないが、あの怯えている男が持っていた卵形のハンドガンと食料と水の入った小さな鞄が無くなっていたようだ。
「おい、あいつと一緒に見張りをしていたのはお前だよな? どういうこった!」
おっさんがフードの男に詰め寄る。
「私を疑うのですか! 私は、その……」
「おい、何か言えないことがあるのか! どういうことだよ!」
おっさんがフードの男の胸ぐらを掴み持ち上げる。見た目通りなかなかの怪力だ。
と、のんびり見ている場合じゃないか。
「そこのフードは、見張りを放棄してぐっすりだったよ」
俺はそれだけ伝えて肩を竦める。
「あ? あ、んだと!」
おっさんがフードの男を掴んでいた手を離す。
「見張りをサボるなんて良いご身分」
ドレッドへアーの女は蔑むような目でフードの男を見ている。
「ち、違う! 私はちゃんと見張りをしていた。だが、気付いたら、そう、気付いたら意識を失っていたのです」
「そう? 初めての戦いで疲れて落ち着いたから気を失ったとかなんじゃない?」
ドレッドへアーの女は蔑みから呆れに表情を変え、フードの男を見る。
「だが、そうなると、こいつは犯人じゃねえ」
「そうね。だけど無能ってことじゃない」
「な! 私を無能と!」
と、そこでフードの男が俺の方を見る。
ん?
「そうだ、そいつだ! この者は武器を取り忘れている。武器を奪うために……それに食事の時に手持ちの食料を配っていました。あれに睡眠薬が入っていたのでしょう。私が意識を失うなんて、そうです。そうに違いありません」
やれやれだ。自分の疑いが晴れたと思ったら無能呼ばわりされたことを撤回するために俺に罪を着せようとするのか。本当に俺が犯人だと思っている訳ではないだろう。とりあえず、この中で一番弱そうな俺をって感じか? だが、それは悪手だ。
つまり、それは俺を敵に回すと言うことだから。
『ふふふん、随分と偉そうにぃ』
俺は頭の中で響く声に応えるように心の中で肩を竦めておく。
「武器を持っていないと言ったよな? その俺がどうやって殺す? それに、だ。どうせ奪うならハンドガンよりも狙撃銃や短機関銃の方が良いだろう?」
「そ、それは……そうです! 私のように優れた者、彼らのように力を持っている者では危険だと思ったからです。彼は怯えて、そうです、この中で一番狙いやすかったのでしょう」
話にならない。
俺は肩を竦める。
と、そこで地上の方が大きく揺れ、この階層の照明が消えた。
「な!」
「おい、灯りが!」
「ちょっと、こんな!」
暗闇だ。
……。
しばらくして照明が明滅し、光を取り戻す。停電していたのは数分程度、か。
「おいおい、驚かせるなよ」
「こんなの聞いてない!」
しかし、不味いな。ここに電力を送っている装置は地上の方にあるのかもしれない。今回は復旧したが、最悪、暗闇の中で行動することになるかもしれない。
ん?
と、そこで気付く。
先ほどまで消えていた赤い光点が灯っている。位置的にあの怯えていた男が死んでいた場所辺りだろうか?
怯えていた男が生き返って動き出した?
……いや、その可能性は低い、か。
今、地上では砂嵐が暴れている。そんな状況だ。地上に砂嵐の中でも問題無く動くような存在が跋扈し始めたと考えるべきだろう。砂嵐が去った後も地上に出るのは危ないかもしれない。
『セラフ、このレーダーは何を感知して赤く灯っている?』
『ふふふん。お前が知ることじゃない』
そうだよな。セラフは別に俺の味方という訳では無い。むしろ敵だろう。コイツが素直に教えてくれるはずがない。
ここに居る連中も赤い光点として表示されている。俺に敵対している者たちを赤く灯している訳でも無いのか? ここの連中が敵対している可能性もあるが……。
出来れば色分けして欲しいところだ。
何を検知して赤く灯しているのか分からないが、まぁ、さすがにそこまでは無理なのだろう。コイツでもそこまでの能力は無いのだろう。
『はぁ? 馬鹿にしてるの? 馬鹿のくせに私を馬鹿にしているの?』
先ほどまで赤かった連中の光点が青い光に変わった。
出来るのかよ!
『ふふふん。当然でしょ』
本当に何を感知して表示させている? 謎だ。
「は、話は、まだ終わっていません。停電には驚きましたが、お前がやったのは分かっています」
フードの男が俺に突っかかってくる。まだ続くのか。後に引けなくなったのか、そう思い込もうとしているのか、どちらにせよ、馬鹿らしい。
「奪った武器は? 食料は? 俺は持っていない」
「な、何を! その背負っている大きな鞄が怪しいですね。ええ、きっとその中に隠しているのでしょう!」
俺は肩を竦め、周囲を見回す。
ガタイの良いおっさんも、ドレッドへアーの女も俺を疑うような目で見ている。ナイフを持ったしょぼくれて冴えない男だけがこの事態を楽しそうに見守っていた。
やれやれだ。
本当にやれやれだ。
俺は背負っていた鞄をおろす。
「好きに確認しろ。だが、俺を疑ったという事実は消えない。それを理解した上で確認しろ」
「ふん、何を言っているのです」
フードの男が俺の背負い鞄に手を伸ばす。と、その手をガタイの良いおっさんが掴む。
「俺が確認する。小僧、悪いがお前の疑いを晴らすために確認させてもらうぞ」
俺は肩を竦める。
『ふふふん。余裕じゃない』
『生身の相手なら素手で充分だ』
おっさんが俺の背負い鞄を開ける。
その中に入っているのは――あの、俺に喧嘩を売ったアクシードとやらから奪った短機関銃と弾、固形食料に水だ。
セラフに言わせれば、ここにいるマシーン連中に俺の攻撃はどれも通らないらしい。だが、牽制くらいには使えるだろう。
俺は準備を怠って苦労するつもりはない。




