004 プロローグ01
ゆっくりと目を開ける。
ここは何処だろう?
視界に広がるのは――目の前にあるのは透明な壁だ。壁?
凄く狭い。窮屈な……殆ど体を動かす事が出来ない。
透明な壁の向こうは薄暗くて何があるのか良く分からない。その透明な壁が一瞬にして自分の吐息によって曇る。目が暗闇に慣れるよりも早く向こう側が見えなくなる。
息が白い。
寒い。
殆ど体を動かすことが出来ないので目だけを動かし自分の状態を確認する。
……。
裸じゃないか。裸だ。
何も身につけていない。裸だ。
寒い。
殆ど動けない。
寒い。
透明な壁。
動けない。
寒い。
ガチガチと震えながら手を握り、目の前の透明な壁を叩く。手が透明な壁にくっつきそうな寒さだ。握り拳が動かせる隙間は一センチくらいだろうか。殆ど動けない。それでもその隙間を広げるように力を入れて透明な壁を叩く。
寒い。
凍え死んでしまいそうな寒さだ。
寒い。
何故、何故、こんな状況になっているのか。
分からない。
寒い。
体が震える。
透明な壁を叩き続ける。
透明な壁に皮膚が張り付き、引きちぎれ、血が飛ぶ。それでも透明な壁を叩き続ける。殆ど体が動かせない中、寒さに耐え、必死に叩く。
寒い。
痛い。
血。
透明な壁が飛び散った血で赤く染まっている。
それでも叩く。
自分の中にある、気力、体力、全てを奮い起こし、生き延びるために、生きるために、必死に叩く。
誰か、誰か居ないのか?
寒い。
死にたくないッ!
小さな隙間の中で生き延びるための力を透明な壁に叩きつける。そして、ピシッと何かヒビが入ったような音が聞こえた。
音?
叩く。
透明な壁を白い息で曇らせながら、皮膚がボロボロになり、血を飛ばしながら、叩く。
そして、自分が見えている範囲でも分かるほどのヒビが広がる。
割れる。これなら、この透明な壁を割ることが出来る。
もう少しだ。
力を入れて透明な壁を叩く。
そして、自分の握り拳が壁を突き抜ける。その衝撃で手を、手首を切り裂き、大きく血が飛び散る。自分の中にこれほどの血があったのかと驚くほどの血が流れる。
……不味い。
血が流れすぎている。出血多量で死ぬ。
膝を動かし、透明な壁をぶち抜く。開いた穴を広げていく。
そして、透明な壁から――その装置から外に転がり出る。
体が硬い。久しぶりに体を動かしたかのような、動かし方を忘れていたかのような、そんな硬さと重さを感じる。
それでも何とか体を動かし、未だ血を吹き出している手首を握る。少しは出血を抑えないと……。
何か、何か、縛るものは? 何か、ないのか?
何で、誰も居ないんだ!
包帯、いや布で良い、布、布、布……。
薄暗い室内で目を凝らし、布を探す。
そして床に落ちている布を見つける。その布を引きちぎり、血の出ている手首に巻き付ける。これで、何とか出血は……。
はぁはぁ、はぁはぁ。
そのまま壁により掛かる。
ここは何処だ?
そもそも自分は誰だ?
暗闇に少しずつ目が慣れていく。その目で自分を見る。何も身につけていない生まれたままの姿だ。透明な壁を叩き続けたことが原因で右手の人差し指の辺りの肉がこそげ落ち骨が見えていた。酷い傷だ。
手首に巻いた布は血によって真っ赤に染まっている。
寒さと出血、それに骨が見えるほどの傷――生きているのが不思議なくらいの状態だ。こんな小さな体で……、
ん?
自分の体を見て、随分と幼い体になっていることに気付く。小さい体。良くて十代半ばくらいだろうか。自分はこんなにも小さな体だっただろうか。
分からない。
思い出せない。
鏡が欲しい。
いや、まずは着る物、か。ここが何処で自分が何者かも分からない。だけど、とりあえずは着る物を……。
そうだ、布だ。
暗闇に慣れた目で先ほど引き裂いた布があった場所を見る。
何だ、これは。
骨だ。
先ほど、引き裂いた布は、この骨が着ていた白衣だったようだ。
白衣を着た骨が転がっている――どういうことだ?
人が骨になるほどの年月が経っている?
いや、おかしい。それなら、何故、白衣はそのままだ? 白衣は布だ。人が骨になるほどの年月が経っているなら、何故、劣化していない。おかしい。
おかしい、おかしい、おかしい。
そもそも、ここは何処なんだ?
改めて部屋の中を見る。そう、部屋だ。
自分が入っていた装置を見る。そう、装置だ。前面を透明な壁で覆われた金属の箱。下の方には良く分からない無数の配管が繋がっている。
……。
その装置は一つだけではなかった。
自分が入っていたのと同じような箱がいくつも並んでいる。暗闇の中に並んでいる。他の箱を見る。その中にはぶら下がるような形で骨が収まっていた――人骨だ。
改めて自分が入っていた箱を見る。
未だ冷気を吹き出している箱――棺。
そうだ、これは棺だ。
何だ、ここは何だ?
何なんだ?
……。
とりあえず白衣を拾い、身につける。大きい。かなりぶかぶかだ。歩いていて転けそうになるほどぶかぶかだ。それでも全裸よりはマシだろう。
ここが何処かは分からない。
とにかく部屋から出よう。誰かが、もしかしたらここの何処かに誰かが居るかもしれない。
硬くなった体をほぐすように、ゆっくりと歩く。部屋の外に出るために歩く。
と、その自分の目の前に映像が浮かび上がった。