397 時代の風31――「……」
ラシードと軍師君の相談の元、班分けが終わる。
班分けの結果、ラシードを含む八人が階段を上がる班になったようだ。残りの軍師君を含む七名がエレベーター班か。エレベーターを使う提案をしたのが軍師君だから、そこに軍師君が居るのは当然だろう。そして、俺がボコボコにした男もエレベーター班だった。
『負傷した状態で階段を上がれというのは酷か』
『あらあら。それをやった張本人がそれを言うのかしら』
『そこは自業自得というヤツだろう?』
しかし、階段班の方の人数を多くしたのは意外だった。それだけ俺の忠告を重く見たということだろうか。少しは力自慢君をボコボコにした甲斐があったようだ。
と、班分けを終えたラシードがこちらへやって来る。階段を上がる時の配置の相談だろうか。敵が下から追いかけてくることは無いはずだ。殿は必要ないだろう。出来れば先頭は俺が――俺が先行して進みたいところだが、あまり揉めるようなら妥協も必要だろう。
「ガム、君はエレベーターの方に行って貰えないか? 凄腕のクロウズである君にアブジルを守って貰いたい。僕たちにはまだまだアブジルの知識が必要なんだ。ここで失う訳にはいかない」
そして、ラシードはそう言った。俺はその言葉に首を傾げそうになる。
必要か、アレが?
いや、そうじゃない。そうじゃないだろう。それよりも、だ。
『階段を提案したのは俺だったはずだろう? その俺がエレベーター班に振り分けられることになっている? こいつらの頭の中はどうなっている』
『ふふん。愉快ね』
セラフは笑っているが、笑い事ではないだろう。
だから、階段班が八人か。生き残ったのは十五人。俺を入れれば十六人だ。ちょうど八と八で別れることが出来る。
なるほど。
俺は無意識のうちに自分をこいつらの仲間ではないと除外していたようだ。
なるほど、なるほど。
「君たちクロウズがコイルでしか動かないことは知っている。だから、報酬を、最初に話していた額の倍出そう。後でアブジルに怒られてしまうかもしれないが、それくらいは皆のリーダーとして受け止めるつもりだ。だから、頼めないだろうか?」
ラシードは追加でそんなことを言いだした。
『セラフ、これは本気だと思うか?』
『ふふん。本気なんじゃない。だって、こいつら馬鹿でしょ』
『こいつらを皆殺しにして自分一人で進んだ方が早い気がしてきた』
『ふふん。それでゴールに辿り着けるかしら』
ゴール。セラフが言うゴールは本物のノルンの娘に会い、攻略することだ。俺一人で突っ込んだ場合、フェーが雲隠れする可能性は高い。だが、こいつらを隠れ蓑にサンライスの深部まで向かうことが出来れば、フェー本人が顔を出して来るのではないだろうか。どの街でもそうだったが、奴ら――ノルンの娘たちは悪趣味な演出家だからだ。最後の最後で顔を見せ、これが全て賭け事だったとネタばらしをし、絶望するこいつらを見て、楽しみ、そして、皆殺しにして終わらせようとするだろう。
『そうだろう?』
『ふふん。間違いないでしょうね』
俺は大きくため息を吐く。
苛々させられるが、それでも本物のフェーを誘き出すにはこいつらが必要だ。
「分かった」
「分かってくれて良かった」
ラシードが微笑み、仲間のところへと戻っていく。その途中、俺は、奴が倍は言い過ぎたかと言っていたのを聞き逃さなかった。
なるほど。
金額が足りていないこともそうだが、それが何処まで行っても空手形でしか無いということを理解していないのだから、愉快過ぎる。こいつらが下町暮らしに落ちているのも仕方ないとしか思えない。
『あらあら、良かったの?』
『構わない。それに、俺は階段をお勧めしたが、そちらが安全だとは言っていない。危険度の問題だ。それにこれは賭けだろう? この程度の奴らのためにエレベーターを使えなくしてまで何かしてくると思うか? 何かしてくるとしても知れているはずだ』
このエレベーターが何に使われているか知らないが、必要があるからここに作られているはずだ。それを壊すだろうか? エレベーターを直すとなったらどれだけの費用がかかる? それは上の連中を楽しませるだけの、この賭け事で取り返せるような金額だろうか。違うはずだ。
そこまで大きなことは、やってこないだろう。
俺は肩を竦め、ため息を吐きながらエレベーター前で待機している軍師君の元へと歩く。ラシードたちの班はすでに階段を進んでいる。
俺の前に軍師君が立つ。
「……」
「あなたの力は認めましょう。だが、調子に乗らないことです。あなたたちクロウズがコイルのためにしか動かない、私たちの大義を理解しない愚か者なのは変わらないのですから」
俺を見た軍師君はそんなことを言っている。
「それで?」
こいつは何が言いたいのだろうか。言葉の意味が分からない。協力者を調子に乗るなと言ってみたり、愚かと言ってみたり、本当に何がしたいのか分からない。協力者が凄腕ならそれは喜ばしいことだろう。
本当に意味が分からない。
「そ、それだけです! 私たちの邪魔だけはしないようにしてください」
俺は軍師君の言葉に肩を竦める。
逆に俺の邪魔をしないで欲しいと言いたいくらいだ。
ラシードたちが生き残るなら、こちらは殺しても大丈夫な気がする。本当にそんな気がする。
……。
そして、エレベーターが降りてくる。
扉が開く。
俺は軍師君たちよりも早く動き、エレベーターの中を確認する。そして、上を、天井を確認する。エレベーターの箱の天井にはメンテナンスを行う時の為なのか脱出口があった。箱の中からでは簡単に開きそうに無い造りだが、それでもこれがあるのと無いのでは大違いだ。
これなら何とかなるかもしれない。




