396 時代の風30――『それでは賭けにならないからな』
『もう、無さそうだな』
『あらあら、何のことかしら』
『可能性が、だ』
おそらく、もう可能性は、無い。
可能性――
それは俺がこれからスカッとするような可能性が、だ。
例えば、こいつらが無謀に突撃して全滅したとしよう。俺もそれなら少しは溜飲を下げるだろうが、それだけだ。スカッとはしないだろう。そして、何の解決にもなっていない。
こいつらが唐突に今までの行いを反省して土下座してきたらどうだろうか? だから、どうしたという気分にしかならないだろう。これまでのことを無かったことには出来ないからだ。
こいつらを俺が皆殺しにしたらどうだろうか? 死の間際には俺の実力を思い知ってくれるかもしれないが、それだけだ。そこで終わりだ。
『ほらな、可能性が無い』
『ふふん。確かに』
後はもうこいつらが何処まで馬鹿なのかを見守ることくらいしか出来ないだろう。
俺は小さくため息を吐き、ラシードたちを見る。
「確認してきたらどうだ?」
俺は手を叩き、入り口の方へと顎をしゃくる。
「くっ、こ、この」
と、そこに俺が腕を離し自由になった力自慢君が起き上がり、殴りかかってくる。まだまだ元気が有り余っているという感じだ。思っていたよりも根性があると評価すべきなのだろうか。
俺はこちらへと迫る拳を掴み、相手の勢いを利用してそのまま投げ飛ばす。力自慢君が地面に叩きつけられ、小さく跳ねる。ちょっとした見せしめならこれで充分だろう。わざわざ頭から落として殺す必要も無い。
さて、と……ん?
「がっ、くっ、じゅ、銃さえあれば……」
仰向けに倒れている力自慢君がそんなことを言いだした。本当に意外だ。俺が思っていたよりも根性があったようだ。
「使え。それで何とかなると思うなら使えば良い」
俺は銃が扱いやすいように力自慢君から距離をとってあげる。周りの連中は事態について行けないのか、その様子をただ見ていた。困惑していると言った方が良いのだろうか。
「くっ、こ、後悔するなよ」
力自慢君が起き上がり、投げ飛ばされた時に落とした短機関銃を拾う。そのまま銃口をこちらへと向け、引き金を引く。
俺はばらまかれた銃弾を躱し、力自慢君の方へと踏み込む。
「な、当たらねぇ」
短機関銃がどれだけ連続で弾を吐き出そうが、それは銃口の先にしか飛ばない。その動きが見えれば最小限の動作で躱すことが出来る。
俺は力自慢君の足を払う。
「あっ」
力自慢君は簡単に転ける。仰向けになって倒れた力自慢君に跨がる。その際、足で両腕を挟み込む。
少し、力の差を思い知って貰おうか。
顔面を殴る。
「かっ、こんな」
力自慢君が起き上がろうとしたタイミングに合わせて殴る。
「やめ、かっ」
顔面を殴る。
「こ、殺すぞ」
殴る。その衝撃に力自慢君の顔が跳ねている。
「は、離れ、びほっ」
殴る。
「ま、待て、が」
殴る。
「こ、こ、が」
抜け出そうと暴れる力自慢君を殴る。
「何処から、ちか」
殴る。
「離れ、ぎ」
殴る。
「ひっ、ま、て」
殴る。
とにかく殴り続ける。顔が歪み、血だらけになっても止めない。力自慢君は思ったよりも頑丈なようなので随分と殴り甲斐がある。
やがて力自慢君が泡を吹いて白目を剥いた。どうやら気絶したらしい。
これで少しは力の差を思い知ってくれただろうか。
俺は力自慢君の上から降り、連中の方へと振り返る。
「肘を落とさないように手加減をしたから死んでは居ないだろう」
だから、大丈夫だと笑いかける。
「あ、ああ」
「ね、ねぇ、な、何よ、こいつ」
「馬鹿、何も言うな」
連中は俺から目を合わせないように顔を逸らしていた。
……。
最初からこうしていれば良かったかもしれない。力の差を思い知れば少しは大人しくなってくれるようだ。
「それで? 先に進まないのか?」
俺の言葉を聞いて驚いた顔で固まっていたラシードが動き出す。
「あ、ああ。皆、進むぞ」
「え、ええ。確認しなければなりませんよ」
再起動した連中が恐る恐るという様子で通路へと入っていく。
俺は小さくため息を吐く。
『少しはスカッとしたな』
『あら、そう』
可能性は無いと思っていたが、少しは気分が回復した。
暴力は全てを解決する。不本意だが、そういうことなのだろう。
俺は殿をつとめ、壊れたタレットや死体を見るたびに、わ、とか、あ、とか驚いている連中を追い立てる。
『で、この先はどうなっていた?』
『エレベーターがあって、その先が本当のサンライスの街ね。でも、その前には防壁があるから、それをどうやって越えるかが問題でしょうね』
坂を進む。
そして、エレベーターが見えてきた。その横にはご丁寧に非常用の階段も設置されている。
『このエレベーターは……』
『ふふん。賭けのことなら連絡路の途中扱いね』
『なるほど』
まだ連絡路のエリアを抜けたという扱いにはならないようだ。
それなら、だ。
「エレベーターに乗るのはお勧めしない」
俺は連中に教えてやる。
「はっ? 何をぉ、って、い、いや、あんたを疑う訳じゃねえよ」
「いやいや、ここを抜けたら上だろ? 目の前でさー」
「こんな階段を上がるつもりなのかよ」
こいつらは、すでに敵に見つかっているという意識がないようだ。
「それで、どうするつもりだ?」
俺の言葉に参謀君が反応する。
「このこい……あなたは逃げ場のないエレベーターで襲われることを危惧しているのでしょう? だが、それは階段でも同じことですよ。それなら早く到着するエレベーターの方がマシでしょう」
参謀君も何も考えて無い訳では無かったようだ。階段で襲われる? 確かにその可能性はある。要は危険度はどちらの方が高いかということだ。
俺はラシードを見る。
「どちらにしても道はここしかない。二手に分かれよう」
ラシードは二手に分かれることにしたようだ。確かにそれが正解だろう。どちらも罠という可能性――だが、道はここしかない。その道が絶たれているということは無いだろう。
『それでは賭けにならないからな』
『ふふん』




