393 時代の風27――「戻ってこないのか?」
連中は楽しそうに突っ込む人員を選別している。通路に設置されたタレットに突撃――トップが決めたことだ。俺は、ただ、それに従う。
『あらあら。なんて! お前らしくない』
『そうかい。自主性は尊重すべきだろう』
俺は連中を見守る。
身内を信じて、それを選ぶのは仕方の無いことだ。俺はそこまでの信用も信頼も築けていない。それに、だ。
『まぁ、俺も俺の提案がこんなにも利点があります、なんて営業トークを怠ったのだから仕方ないさ』
そう、これは仕方ない。
『ふふん。そういうもの?』
『そんなものさ』
死体が重い。それはそうだ。しかも完全武装した死体だから、ただの死体よりも重い。連中がトドメを刺した警備兵の死体は血まみれで、それだけで持ち上げるのも、運ぶのも大変だろう。そして、この死体を盾として使ったとしてもタレットから放たれる銃弾を完全に防ぎきれるとは限らない。連中の短機関銃で死んでいる奴がいるくらいだから、その防御力は素晴らしく高いとは言えないだろう。死体を盾にするのだってコツが要る。撃ち込まれた銃弾の衝撃で手が滑ったら、死体の血で手が滑ったら、重くて動けなくて集中砲火を浴びたら――連中はそういうデメリットを考えたのだろう。
……。
だが、だ。
誰も死体を盾にして突っ込めとは言っていない。タレットの射程ギリギリなら、危険は殆どなく死体でも充分盾代わりになるはずだ。タレットの弾は無限か? そんなはずが無い。弾が補充されるにしても、その隙はあるはずだ。そうなってから突っ込めば良い。ただ突っ込むよりも安全にタレットが破壊出来たはずだ。
別に俺も意地悪でメリットを説明しなかった訳じゃない。聞かなかったのは連中だ。連中はすでに選んでいる。それを後から、こういうつもりだったから、こういう利点があるから、と説明したところで無駄だろう。だから、何も言わない。
『ふふん。それ、意地悪でしょ』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。
「よし、君たちに任せる」
「頼みます。きっと出来るはずですよ」
ラシードと参謀君の声が聞こえる。連中の選別が終わったようだ。
『どう思う?』
『ふふん。上では賭けに負けた連中が少し騒がしくなってるけど、どうかしらね』
この通路に突っ込むのは五名。生き残った二十名の四分の一が突っ込む。それが多いか、少ないか――戦場では、戦力を小出しにするような、戦力の逐次投入は愚かなことだと言われている。
さて、そうならないと良いのだが。
五人の決死隊。その中には例の狙撃銃を持った少年の姿もあった。小柄で、機敏。しかも、中、遠距離から攻撃が出来る狙撃銃を持っているのだから選ばれるのも当然だろう。他の連中もなかなかに小回りが利きそうな奴らばかりだ。
……小柄だろうが、機敏だろうが、タレットから放たれる銃弾の雨を回避出来るのか疑問が残る。回避? それこそ人間離れした身体能力が必要になるだろう。
出来るのか?
『ふふん、人間離れ? お前みたいな?』
俺はセラフの言葉にもう一度肩を竦める。
そして、決死隊が突撃する。俺は連中の成功を信じて待つとしよう。
さて?
俺は改めて転がっている死体を見る。警備兵が持っていた武器は中距離戦に優れた狙撃銃だ。これがあれば、この先も少しは有利に戦えるはず――なのに拾っていない?
俺は警備兵の死体から武器をはぎ取る。
「おいおい、凄腕さんよ。死体漁りか? そういうのは全て終わってからやれよ」
「ホント、意地汚い奴だぜ」
残った連中から面白い言葉が出てくる。
「使えるものは使うべきだろう?」
俺の言葉を連中が鼻で笑う。
「凄腕さんよぉ、そんなことも知らねぇのか」
「やっぱ、見た目通りの餓鬼じゃねえか」
「誰だよ、こんなのを送り込んできたのはよぉ」
俺は連中の言葉を無視して拾った狙撃銃を見る。悪くない。自動装填式のそれは簡易的なスコープしか付いていないが持ちやすく狙いやすそうだ。セラフなら喜んでどうでも良い説明を垂れ流してくれそうな代物だ。弾も残っている。
「おいおい、そんなことして、本当に知らねえのかよ」
「誰か教えてやれよ」
連中は鬱陶しいほど俺に絡んでくる。突撃した連中が戻って来るまで暇なのだろう。
「餓鬼、知らねぇようだから教えてやるが、連中の武器は使えねぇようになってるんだよ」
そして、親切に教えてくれた。
『そうなのか?』
『みたいね。ふふん。所有者のIDを記憶させた簡単な生体認証みたいね。そこまで難しいものではないわ』
『なるほど』
俺は狙撃銃を肩に掛ける。セラフは簡単な生体認証と言っているが指紋認証や顔認証、網膜、虹彩では無さそうだ。人体から固有の信号でも出すようにしているのだろうか。だが、どちらにせよ、セラフは簡単と言った。それなら問題は無い。
「おいおい、おいー、人の話を聞けよ。俺らの親切を無駄にするつもりかよ」
「馬鹿なんだろ。それとも俺らを信じてないか」
「はぁ、そんな餓鬼、無視したらいいじゃない」
連中が武器を拾っていなかった理由は分かった。上の商人から配られた武器だけを使っていた理由も、他に使える武器が無かったからだったのだろう。
『敵の武器を奪えないのでは苦労するだろうな』
『あら、そう?』
俺がそんなことをやっているとラシードと参謀君がこちらへとやって来た。
「どうした?」
「中を見てくれ」
ラシードが白壁に開いた通路を指差す。
見てくれ?
見に行ってくれということか?
「戻ってこないのか?」
俺の言葉にラシードが頷く。
なるほど。
突撃した連中が戻ってこないから、俺に様子を見てきてくれ、と。
「報酬を出すのだから、しかも凄腕! それくらいは、当然、出来るでしょう?」
参謀君は良い笑顔で俺を見ている。
「報酬、ね」
俺は肩を竦める。
これは別に俺の腕を見込んで、という訳では無いのだろう。中で何が起こっているか分からない。そんな場所に追加で仲間を投入するのは避けたいから、か。
「そうだ。充分なコイルは渡すと約束している」
前金も無い口約束だ。
「分かった」
だが、俺はとりあえず頷く。
『あらあら、あらあら!』
『中が気になっているのは確かだ。それに、どうせ上に行くなら通る必要があるだろう? それなら同じことだ』
別にこいつらに言われたからではない。遅いか早いかの違いなら同じだと思っただけだ。




