039 クロウズ試験06――異物混入
「そろそろ今日は終わりにしてよ、休憩にしようか」
十回ほどおとり役を終わらせたところでガタイの良いおっさんがそんなことを言い始めた。どうやら、やっと休憩に思い至ったようだ。地下なので分かり難いが、体感的に、もう夜になっていてもおかしくない時間のはずだ。
「そうね。さすがに疲れたからさ」
ドレッドへアーの女もそんなことを言っている。
「ええ。まだまだポイントは稼ぎたいところですが、今日はこれくらいにした方が良いでしょう」
フードの男がそう言うと怯えるようにおどおどしていた男も頷いていた。
やれやれ、やっと満足したようだ。
「ポイントはどれくらいになったよ? 俺は12ポイントだから、これだけで一万コイルを越えるとかよぉ」
「へぇ、私は16だから」
「私は5ですよ。もう少し稼ぎたいところですね」
フードの男も自慢するようにそんなことを言っている。そして震えている男が恐る恐るという感じで指を三本立てていた。3ポイントということだろうか。
おとりをやっていた俺とナイフ男は当然ながら0だ。合計すると36ポイントか。蟹もどき一体が1ポイントだから……彼らは思っていたよりも頑張ってあの蟹もどきを倒してくれていたようだ。
だが、あの蟹もどきの数が減った様子は無い。俺らがおとりとして引っ張ってきたら引っ張ってきた分だけ下の階層から補充されているようだ。もしかすると下の階層に蟹もどきの生産場でもあるのかもしれない。
俺は改めてガタイの良いおっさんやドレッドへアーの女、フードの男、怯えている男を――その手に持っている武器を見る。彼らの持っている近未来的な武器の持ち手部分にはエネルギーの残量を示すメーターがついていた。
ガタイの良いおっさんの二つの短機関銃とドレッドへアーの女の狙撃銃はエネルギーの残量が四割を切っている。フードの男が六割、震えている男が八割というところだろうか。二つ武器を持っていてもこれだ。まだ一日目だ。今からこれだけ消費して大丈夫なのだろうか。
『ふふふん。武器の力に頼り切って無駄撃ちの多い馬鹿だから仕方ないんじゃない』
『良く分からないが、優れた武器だとしても武器の残量が丸見えなのはどうなんだろうな。まぁ、馬鹿でも見れば分かるのは利点か』
『はぁ? 馬鹿なの?』
いくら連中が素人同然でもすぐ見える位置にエネルギーの残量が表示されているのだ。気にしてくれているだろう。気にしているよな?
「ここだといつ襲われるかわからないから上で休憩だ」
ガタイの良いおっさんが有り難いほどのリーダーシップを発揮して、そんなことを提案してくる。
「そうね。お腹空いちゃった」
「ええ、随分と戦い続けましたからね」
全員で上の階に戻る。
「おい、もう陽が落ちてるぞ」
「どーりで薄暗いと思ったわ」
やっと夜だと気付いたようだ。気付かなかった理由は――別にこのおっさんたちが夜目が利く訳でも、夜間対策装備をしている訳でも無い。単純に、この廃工場に灯りがついていただけだ。
工場は死んでいるのに電気は来ている。
おっさんたちが灯りの用意をしていなかったことも驚きだが、そのことに疑問を持たないことも驚きだ。初めての探索で、そういうものだと思っているのだろうか。
「おい、ここらで食事にしよう」
「ええ、そうね」
「それが良いでしょう」
おっさんたちが円を組み、どかりと座る。そして配給されていたチョコバーを取りだして食べ、ペットボトルの水をがぶがぶと飲んでいる。
俺は小さく息を吐き出し、持ち込んでいた背負い鞄から固形食料を取り出す。これは、あのアクシードだとかいう連中が持っていたものの残りだ。あまり美味しくはないが腹は膨れる。配給されたチョコバーとペットボトルの水には手を出さない。
「お、おい、お前、そいつはなんだよ!」
俺が食べている物を見たおっさんが叫んでいる。
「ちょっと、それ、卑怯じゃない!」
「独り占めするつもりですか!」
連中は好き勝手なことを言っている。
俺は肩を竦め、背負い鞄の中に手を突っ込む。そして余っている固形食料をそれぞれに投げ渡す。
「貸しだ」
「おいおい、今日一日お前を守ってやったのは誰だと思っているんだ」
「そうよ」
「ええ。こんなものを隠し持っているとは……」
俺は思わず大きなため息が出る。
「首輪付き、随分と甘いんだぜ」
そんな俺にナイフの男が小さな、連中が聞こえないほどの声で話しかけてきた。
「一応、同期らしいから仲良くしておくのさ」
「ひゅー、お優しいんだぜ」
ナイフの男が器用に小さな音の口笛を吹く。
「だが、連中にその価値があるとは思えないんだぜ」
俺は肩を竦めて返事の代わりにする。ま、確かにな。
「俺はネシベだ。おしべでもめしべでもねえぞ。それを言ったヤツはひねり潰してやる。でだな、俺がやっていた牧場がバンディットどもに潰されてな、それで俺はクロウズになることにした」
「ふーん、復讐? って、自己紹介する流れ? 私は名前だけね、アノンよ」
「私はメシヤです」
どうやら自己紹介を始めたようだ。最後に震えた男がキョロキョロと周囲を見回し、何か呟いているようだったが皆に無視されていた。
「俺はフールーなんだぜ」
ナイフの男はぺろぺろとナイフを舐めている。癖なのだろうか。
「ガムだ」
とりあえず俺も名乗っておく。
「よし、名乗ったところで、今日は終わりだ。つっても見張りが必要だな。まずはそこのナイフと小僧からだ」
場を仕切り始めたおっさんがそんなことを言っている。これでは名乗った意味が無い。
「で、次はメシヤとそこのだ」
「ちょっと待ってください。あなたは見張りをしないのですか?」
「俺らは今日一番マシーンを狩った。そういうことだ」
おっさんとドレッドへアーの女は見張りをしないようだ。なるほどな。
そして見張りの夜。俺はただ星空を眺めて過ごす。別に何かやることがある訳でも無い。わざわざ下の階層まで降りて下見をする必要もないだろう。ナイフの男も気を使ってか俺に話しかけてくることは無かった。
『さて、交代の時間の取り決めも無かったようだけど、どうしようか』
別に三日程度なら不眠不休でもやれるだろう。だが、それで本当に終わるという保証は無い。その後がある可能性もあるだろう。
『ふふふん。随分と余裕じゃない』
俺は小さく息を吐き出し肩を竦める。
「そろそろ交代しよう」
「わかったんだぜ。首輪付き、俺が起こしてくるんだぜ」
「助かる」
俺が起こすよりもナイフの男がやってくれた方が揉めなくて済むだろう。どうも連中はかなり勘違いしているようだからな。
見張りを交代し、俺も休むことにする。といっても周囲を警戒しながらの休息だ。何かあったら飛び起きるつもりだ。
……。
目を閉じ、ゆっくりと、浅く眠る。
……。
……。
……。
ん?
何かの異音を感じ、目が覚める。
飛び起きる。
そして、割れた窓から外を見る。
そこでは渦巻く風が砂を巻き上げ、こちらへと迫っていた。
砂嵐だ!
近い。このままでは巻き込まれる。
俺は周囲を見回す。
見張りをしていたはずのフードの男は……思いっきり眠っていた。
「起きろ。皆を起こして地下に避難だ」
フードの男を蹴り飛ばす。
その音に目が覚めたのかナイフの男がやって来る。
「どうしたんだぜ……って聞くまでもねえんだぜ」
飛び起きたナイフの男も他の連中を起こしにかかる。
「早くしろ。巻き込まれたら死ぬぞ」
「んあ? おいおい何を言ってる?」
おっさんは寝ぼけている。
「これはどういうことですか!」
フードの男はやっと目覚めたようだ。
「早くお前の相方を起こすんだぜ」
「相方ではないのですが、何を……これは!」
「おい、早くするんだぜ」
ナイフの男とフードの男が怯えていた男の前で立ち止まっている。
「ねぇ、どうしたの? もう、朝?」
ドレッドへアーの女も目覚めたようだ。
「ああ、まだ寝足りないからよ、って、ん?」
やっと皆、起きたか。いや、怯えていた男が起きてこない。どうしたんだ?
「死んでいます。彼は死んでいます」
「おい、しかも荷物が無くなっているんだぜ」
死んだ?
いや、それよりもだ。
砂嵐が迫っている。
「おい! 砂嵐だ! 早くしねえと」
「ひっ、何なのよ!」
「ちっ、とにかく地下に逃げるんだぜ」
「彼はどうするのですか!」
「死にてぇのかよ!」
皆が好き勝手に叫んでいる。
そして、震えていた男の死体を放置して砂嵐から逃げるために地下へと降りる。
2020年4月15日
おっさんの言葉に追加
「それを言ったヤツはひねり潰してやる」
名前をメシアからメシヤに修正。




