388 時代の風22――『それでギャンブルというのは?』
「準備をしろ」
ラシードの言葉を受けて、周囲の連中が慌ただしく動き出す。
慌ただしい?
俺は連中を見て、一人ため息を吐く。
「はっ! 凄腕様は気楽なもんだなぁ。そうやって手伝いもせず眺めてよぉ」
俺のそんな態度を見咎めたのか、武装の点検をしていた男の一人がそんなことを言いだした。
なかなかに愉快なことを言う。
『ここの場所のことを何も知らない奴に手伝わせようとしている愚かさもそうだが、助っ人という立場の戦闘要員である俺に作業をさせようとする愚かさ、こいつが俺を雇った訳でも無いのに雇用主に泥を塗るような言動、俺を不快にさせるような言葉を吐き出す愚かさ、とにかく愚かだな』
『あらあら、随分と喋るじゃない』
俺は肩を竦める。
「はっ! 良い身分だな。こんな生意気な餓鬼がどれだけ役に立つってぇんだよ……」
それを見て何を勘違いしたのか、連中はまだ愉快なことを言っている。俺は連中のそんな言葉を無視し、首の後ろで手を組み、その戦闘準備を眺める。
『あらあら。良いご身分じゃない』
『だろう?』
慌ただしく戦闘準備をしないと駄目なほど準備が出来ていなければ、規律も無い。みんなお友達で仲間だとか言っているのだろうか。
――この作戦の結果がどうなるかは火を見るより明らかだろう。
『あらあら? お前は何もしないつもりなのかしら?』
『見極めるまでは手伝うさ』
『ふふん。相変わらず上からじゃない』
俺はセラフの言葉にため息を返す。
そのまま一時間――連中の準備はやっと終わったようだ。
連中が仲良く整列を始めた。
「大将、この情報の鮮度が落ちないうちに作戦の開始を」
「ああ。急ごう。皆、反撃だ。僕についてきてくれ!」
参謀君とラシードが頷きあっている。
どうやら、やっと動くようだ。
『情報の鮮度が落ちないうちに……というのは俺も同意見だが、この情報、鮮度が落ちるようなものだと思うか?』
『ふふん。分かりきったことを私に聞くのはどうしてかしら』
『ただの確認さ』
俺は行軍を始める連中の後ろからついていく。
ゴミと瓦礫の山を歩く。一人一人がしっかりと武装して装備が重くなっているからか、その歩みは遅い。随分とのんびりとした行軍だ。
「おいおい、本当に武器無しで良いのかよ。戦場を舐めてるのか」
連中の一人が俺に話しかけてくる。なんとものんきな連中だ。
「はん。そいつは、あの全裸のガムなんでしょ。武器なんて要らないんじゃないかしら」
もう名前は忘れたが、自己紹介をしていた女も話しかけてくる。ここが警戒する必要も無いエリアなら、こんな空気でも問題は無いのだが……。
「お喋りはそこまでですよ。ここからは敵に感知される恐れがありますからね。注意してください!」
参謀の声――何故か俺が参謀殿に怒られる。
『俺は一言も喋ってないんだがな』
『ふふん。随分と気に入られているじゃない』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。一度気に入らないと思えば、どんなことでも目につくようになる。指摘しないと気が済まない――この参謀殿は、そういう性格なのだろう。
俺は肩を竦め、のんびりとした行軍の後を歩く。
「アブジル、それでよぉ、これからどうするんだ?」
「ふ。例のチップの情報です。この先のポイントには上への極秘ルートがあることは分かっています。しかも、今はちょうど警備が手薄なようですからね。どうも上でお祭りに近いことをやっているようです。今がチャンスです。ここを押さえて、一気に街の中まで攻め込みますよ」
参謀君は得意気にそんなことを言っている。
『装備の準備に一生懸命で事前説明も無く、現地で得意気に解説とは……もう、何処から突っ込んだら良いか分からないな』
『ふふん。そろそろ不感地帯を抜けるわ』
セラフの言葉通り、周囲に漂っていた目には見えない濃霧が消える。
俺は大きく息を吸い、吐き出す。深海から一気に海面へと出たような開放感だ。
『ふふん。これはこれは』
そして、セラフの思わせぶりな笑い声が頭の中に響く。
『何があった?』
通信が回復したことでサンライスの街の情報が入ってきたのだろう。
『ふふん。この一週間で私がそれなりの商会を作り上げたことは言ったでしょ』
『聞いてないな』
『ふふん。上ではギャンブルのお誘いを受けたところみたいね。私たちの商会を無視出来なくなったようね』
『それなりの商会? 無視が出来ない?』
『ふふん。サンライスの街の10パーセントを手中に収めたと言えばお前でも分かるかしら』
『それは凄いのか?』
今まで主要な街を支配してきたことを考えるとあまりたいしたことが無いような気もしてくる。まぁ、支配してきたと言ってもマザーノルンに目をつけられないよう現状を維持していたため、俺には何の特典も無かった訳だが……。
『あらあら。一日で十万コイルを稼ぐくらいと言えば良く分かるでしょ』
『ほう。それは凄いな』
連中が俺に提示した報酬が十万コイル。それが一日で稼げるのだから、賞金稼ぎをやっているのが馬鹿らしくなる金額だ。
結局、こんな世界でもお金が支配者で商人が一番力を持つということか。
『あらあら。マザーが管理していることを忘れてないかしら』
『そんな商人も世界の支配者には敵わない、か』
なかなか愉快なことだ。
『それでギャンブルというのは?』
『ふふん。賭け事のことね』
『賭け、ね』
『ええ。サンライスの上流階級だけが参加が出来る賭け事ね』
『何を賭けているんだ? いや、違うな。何が賭けの対象だ?』
俺はセラフに聞く。
『ふふん』
セラフは笑う。
『今回の賭けは、下町に住むゴミに武器を与えたら何処まで進められるか、みたいね』




