387 時代の風21――『完璧な情報か』
「確かに俺はこの街の真の支配者の排除を依頼された」
「そ、それなら!」
間抜け面をさらしていたラシードが俺の言葉に飛びついてくる。
「だが、それを依頼したのはお前らでは無いし、俺が聞いているのは、そのチップを見せてくれということだけだ」
渡せとは言われていない。それでも渡したのだから、こいつらには充分過ぎるほどの協力だと思う。
『ふふん。渡す選択をしたのは、私のおかげで、中身のデータを知っているからでしょ。こいつらと一緒に見るまでも無いものね』
知っているから、どんな目的があるか、こいつらに何をさせたいかが読める。そこは俺が有利な点だろう。
『あのフェーを名乗るのが言いたかったのは、中のデータを見せて、こいつらに協力しろってことだろう?』
『あらあら。ちゃんと意図がくみ取れてるなんて、偉い偉い』
セラフのこちらを馬鹿にしたような笑い声が頭の中に響く。
「大将、彼は報酬をよこせと言っているのでしょう」
先ほど参謀のようなものだと紹介されていた男がそんなことを言っている。
「クロウズらしい意地汚さだぜ。俺たちの崇高な目的が分かんねぇんだからよぉ」
「これがどれだけ大きなことか分かってないのね」
「は! 報酬をせびるとか、俗物らしいぜ」
俺は連中の言葉に肩を竦める。
『あらあら。いつの間にか報酬が欲しいことになってるみたいね』
『もうそれでいいさ』
俺は一応クロウズなのだから、報酬を求めている形にするのも悪くない。
「それで?」
俺はラシードを見て、次を促す。
「十万コイルで、どうかな?」
ラシードがそう提示する。
「リーダー! そんな俺たちの役に立つかも分からない餓鬼に!」
「大将! 俺らにそんな余裕が無いことはあんたが一番分かってるだろ」
連中が騒ぎ出す。
どうやら十万コイルは大金だったようだ。
「いえ、待ってください。そういうことですか。上の商人連中はコイルをため込んでいるはずです。それを考えれば十万コイルは端金でしょう」
参謀君が得意気な顔でそんなことを言っている。
「さすがアブジル!」
「大将もそこまで考えているなんて!」
連中は何やら面白いことを言っている。
『色々と突っ込みたくなるが、もう何か言う気力すら湧かなくなる』
『あらあら、大変ね』
報酬が、たった十万コイルというのも愉快だが、その報酬を渡す本人が居る前で皮算用をして端金と言ってしまえる、その知能が素晴らしい。
こいつら、これがおかしいと分かっていないのは――教育か。
この世界、この場所に学校なんて無いだろう。誰かが教えるなんてこと、無かったはずだ。学ぶ場所が無く、狭い社会でまとまっているから、こんなことが起きるのだろうか。
『あら? それでも余程の底辺でなければ初期段階に基礎的なことくらいは知識として刷り込みしているはずだけど?』
『そうか。それではこいつらは例外なんだろう。それか知識はあっても知恵が無いんだろうな』
俺は大きくため息を吐く。
「もう、それで構わない」
サンライスの商人たちからお金を奪うつもりらしいから、間違いなく、そのたった十万コイルの報酬も後払いになるだろう。愉快で面白い展開だ。
「これで契約成立か。僕たちの仲間になった君の名前を教えてくれ」
ラシードがこちらに微笑みかける。
何故、そこまで俺の名前を聞きたがるのだろうか。こだわる理由が分からない。だが、良く分からないが、こいつらにとっては重要なことなのかもしれない。
「ガムだ」
俺は大きくため息を吐きながら名乗る。
すると連中がにわかに騒がしくなった。
「こんな餓鬼がガム?」
「あの今一番の凄腕だと言われている?」
「おいおい、騙されんなよ。ガムなら全裸のはずだろ」
「え? 待って、全裸なの? そのクロウズ、変態じゃない!」
「違う違う。ガムは武器を持たねぇんだよ。それが分かるように全裸なんだろ」
「肉体が武器ってヤツか」
「いや、もしかすると体を機械化しているのかもしれないぞ」
「ああ、確かに。機械化したヤツって、その機械の体を見せたがるよな」
「こいつも武器を持ってねぇ」
「真似してるんだろ」
連中は好き勝手なことを言っている。
『なぁ、こいつら皆殺しにしていいか?』
『ふふん、好きにすればぁ?』
セラフの言うとおり、好きにやりたくなるがグッと我慢する。
……我慢する必要があるだろうか。いや、一応――ああ、そうだな。この演劇の結末がどうなるかを見定めるまでは我慢するべきか。
「お前らの言っているガムとは別人だろう。俺は俺だ。それと武器なら持っているから安心してくれ」
一応、例のフェーを名乗る少女から受け取った武器がある。このフォトンセイバーとやらが、どれだけ役に立つか分からないが、無いよりはマシだろう。
「それで? こんなにのんびりしてて良いのか? そのチップが重要なんだろう?」
俺はラシードに次へ話を進めろと促す。このまま自己紹介合戦でも始まったら、それだけで一日が終わってしまうだろう。
「ああ。アブジル、頼む」
「ええ、表示させますよ」
ラシードからチップを受け取った参謀君が机の上にある端末にチップをはめ込む。すると机の上に立体的な映像が浮かび上がる。
「これは……!」
参謀君が何も無い空間に指を動かし、立体映像を操作する。
「完璧な情報だ。同胞に感謝を」
ラシードが感極まった様子で胸に手を当てる。
「ええ。これなら成功します。あの思い上がった連中から街を解放出来ますよ」
参謀君も何処か興奮した様子でそんなことを言っている。
『完璧な情報か』
『あらあら。何が言いたいのかしら』
俺は肩を竦める。
精査する必要が無いほどの情報? そんなものが手に入ることを疑わないのだから、本当に幸せな連中だ。




