384 時代の風18――『途中まではそのつもりだった』
「それで?」
俺は現れた若い男に話を続けるように促す。
「渡されたものを、こちらにください」
ラシードと名乗った若い男がこちらに手を伸ばす。
さて、どうする?
「あんたが、この街の支配者に反乱している連中のリーダーか?」
男が手を伸ばしたまま頷く。この男が人造人間である可能性――は低そうだ。人造人間のように整った容姿はしていない。だが、野性的で見る人によっては魅力的に映るかもしれない雰囲気がある。人を引っ張って行くには有利だろう。いや、人の上に立って動いていたという経験が、この雰囲気を作っているのかもしれない。
俺はカード型のチップを取り出す。
「ラシードさん、あんたが言っているのはこれか?」
「それだ」
ラシードが俺の手からカード型のチップを受け取ろうと動く。俺はそれを躱す。
「何のつもりだ?」
ラシードがこちらを睨むような目で見ている。その眼光は酷く鋭い。
「いや、俺はこれを誰に渡せと聞いた訳じゃない。だから、あんたで良いのか分からないのさ」
まぁ、まず間違いなくこの男に渡せということだろう。だが、それではあまりにも面白くない。この舞台を用意した奴の思惑通りになってしまう。と言っても、他に出来ることもないのだが、さて、どうする?
『あら? あえて策に乗るんじゃないの?』
『途中まではそのつもりだった』
流れに乗り、隙を見て、その舞台をひっくり返すつもりだったが……。
「君はそれに何が入っているか知っているか? 渡してくれ。それは同志が命懸けで手に入れたもの。必要なものなんだ」
ラシードは、追い詰められた手負いの獣かと思うほど強く余裕の無い様子でこちらへ一歩踏み出す。
「こんなに近寄ったら、その肩から下げている武器が使えないだろう?」
「この距離なら、君を押さえつけて無理矢理奪うことが出来る」
ラシードは上から俺を見下ろしている。
……茶番だ。
この全てが、この流れが全て茶番だ。
だが、ラシードは本気だろう。演技には見えない。これが演技だとしたら、ラシードは名俳優だ。
「試してみるか?」
俺は指をちょいちょいと動かし挑発する。
「凄腕と聞いていたが……」
ラシードは俺の小さな体躯を見て、随分と侮ってくれているようだ。俺を掴もうと上から無造作に手を伸ばす。
『甘い』
『ふふん』
俺はその無造作に伸びてきた手を掴み、そのまま身を翻し、背中を使って投げ飛ばす。
「な!」
投げられたラシードが間抜けな声を上げている。だが、すぐにこちらへと距離をとるように転がり、銃を構えて起き上がる。驚いたのは、一瞬――なかなか動きが早い。それなりの経験と修羅場をくぐり抜けているようだ。
ラシードが持っている銃は一般的な突撃銃のように見える。これで撃たれたら痛いでは済まないだろう。
『一般的? このアサルトライフルは、ヒュペリオン社の――』
『はいはい』
ラシードが突撃銃の引き金に指をかけようとする。俺は手に持っていたカード型のチップをゆるく投げる。それを見たラシードが引き金から指を離し、慌てて、それを取ろうと手を伸ばす。俺は動く。一気に駆け寄り、その手を――指を掴み、捻り上げる。ラシードが痛みに動きを止める。
「ぐわぁ」
ラシードは呻き声を上げている。左腕が使えなくても、この程度の相手なら負ける気がしない。このまま指を折っても良いが、それはさすがにやり過ぎだ。
俺は手を離す。
この男――指導者ではあっても戦士では無いのだろう。戦いの最中だというのに、チップに気を取られて隙を作る。指一本捻り上げられただけで、動けなくなる。
俺は落ちてきたカード型のチップをキャッチする。そのまま、ラシードの方へとカード型のチップを投げ渡す。
「これは……?」
ラシードがわたわたとカード型のチップを受け取り、驚いた顔で俺を見ている。
「あんたが欲しがっていたものだろう?」
「どういうつもりだ?」
俺は肩を竦める。
「これ以上続けると周りの連中に撃たれそうだ」
ゴミの山の陰にいくつかの気配がある。ラシードが連れてきた護衛だろう。いや、仲間とか同志とか言った方が良いのかもしれない。こいつらが攻撃してこなかったのは、ラシードが攻撃するなとか厳命していたからではないだろうか。だが、ラシードの命が奪われる――危険になれば、それを無視して襲いかかってくるだろう。
『あらあら、止めちゃうの?』
『気配は六つほど、か。このまま続けても負けないだろうさ。だが、俺の力は充分に見せられたはずだ。これ以上は無意味だ』
『あらあら、結局、こいつらと一緒に行動するつもりなのかしら』
『それはどうかな。こいつらの出方次第だろう』
「何を言っている……?」
ラシードは間抜けな顔のままだ。
「出てきたらどうだ? 俺はもう戦うつもりはない」
俺は周囲を見回しながら両手を挙げ、告げる。その言葉にゴミ山の陰から武装した連中が現れる。狙撃銃を持った少年、突撃銃を持った女、短機関銃を持った男たち――
『あらあら、こいつら、素直に出てくるのね』
『向こうも、これ以上やるつもりがないからだろう』
俺は上げていた手をおろす。
「大将、無茶しすぎだ」
「あんたが前に出る必要はない」
武装した連中がラシードに駆け寄る。
「こんなことをして、なんのつもり!」
ラシードを軽く痛めつけたからか、俺を睨んでいる奴も居る。
「最初に襲ってきたのは、あんたらのリーダーの方だろう?」
俺はラシードを見る。ラシードが目を逸らす。
『さて、と』
『ふふん。それでどうするつもりなのかしら』
『そうだな……』
俺は改めて集まってきた連中を見る。
1、2、3……7?
ラシードを含めて全部で八人。
……。
気配は六つだった。俺が一つ見逃していた?
2022年10月9日修正
ラシードが突撃銃の引き金に → ルビを挿入




