383 時代の風17――『セラフ、これの中には何が入っている?』
落ちる。
意識を失いそうなほどの時間をかけて落ちていく。
『廃棄と言っていたが、崖から落とされるとは思わなかった。これが廃棄か』
『これが普通な訳ないでしょ。馬鹿なの』
『そうなのか』
廃棄が崖から落とすことではない? 殺そうとでも思っていない限りは、わざわざ街まで上げてから落とす必要なんてないはず――つまり、これは俺を殺そうとした罠だった? だが、そうだとも思えない。俺は渡された小さなカードのような集積回路を見る。殺そうとする相手に、こんなものをわざわざ渡すだろうか?
『セラフ、これの中には何が入っている?』
このカードには何の情報が入っているのだろうか。
『あらあら。私は、今、北砂商会の買収をするための準備に――色々なところに根回ししてて忙しいんだけど』
『それで?』
セラフはセラフでサンライスの街の商会を牛耳ることに忙しいらしい。だが、俺には関係無い。
『ふふん。地図、ね。サンライスの地図と……あら? これは、商業組合までのルートね。警備員の配置と見回りルートも網羅されているようね』
地図? 商業組合? あのフェーを名乗る少女は、そこを攻めろ、と言っているのだろうか。そこに、本物のフェーが――この街を支配するノルンの端末が待っているのだろうか。
『セラフ、商業組合とは何だ?』
『聞いている場合? 地上を見なさい』
セラフの言葉を聞いて地上を見る。
地面が迫っていた。
地面?
それはゴミの山だった。瓦礫、壊れた機械、生ゴミ――色んなものが積み重なり、山となっている。そのゴミの山が迫る。
落ちる。
ゴミの山の中へと落ちる。
ゴミの山がクッション代わりに俺を受け止める――ということもなく、俺は普通に落下の衝撃を受ける。体が潰れそうな痛み。だが、それだけではない。脇腹に強い痛みを感じる。
俺は突っ込んだゴミの山の中から這い出すように動き、脇腹を見る。折れた鉄パイプが刺さっていた。脇を貫通している。
なるほど、痛い訳だ。
俺は思いっきり鉄パイプを引き抜く。出血死しそうなほどの血が噴き出す。俺はそれを体内のナノマシーンを使い、無理矢理止める。傷を塞ぐ。
ゴミはゴミだ。クッションではない。そこに落ちれば、こうなるのも当然だ。これは、まだ運が良い方だったと言える。だが、俺でなければ死んでいただろう。
俺は足元に広がるゴミの山を見る。食べかけの野菜などの生ゴミやヤバそうな液体が漏れている機械も見えるが、不思議なことに臭くない。
『鼻にくるような異臭があっても良いだろうに、どういうことだ? いや、それもだが、ここはサンライスの街の周囲に作られた下町だろう? シールドの無い場所だ。最前線からの攻撃の余波をもろに喰らっているはずだろう? 何故、普通にゴミが――山になるほどのゴミが残っている?』
『ふふん。わざとゴミ溜めの山に見えるようにしているからでしょ。にしても、やってくれるわ』
……。
このゴミ山が偽装?
ゴミの山に見えるよう管理されているということか。そういえば虫の姿が見えない。普通のゴミの山なら、それに集る虫が居るはずだ。だが、ここにはその姿が無い。
そして、そのまま残っているゴミ。最前線からの攻撃で消し飛んでもおかしくないはずだ。
……。
もしかして、ここは流れ弾が飛んでこない、隙間地帯なのか?
だが、だとすると、何故、そこをゴミの山にしている? 安全だというなら、家でも建てて住んだ方が良いだろう。
『ふふん。その目でよく見てみなさい』
俺はセラフに言われるまま、周囲のゴミを見る。
『これは……』
『ええ。群体不感地帯よ。私でなければ人形との通信が途絶えていたでしょうね。隣にカスミが居なければヤバかったから。一緒にカスミが居てくれて良かったわ』
ナノマシーン不感地帯? その言い方だとナノマシーンが無い場所のように聞こえる。だが、実際は、その逆だ。俺の右目には恐ろしい濃度で漂うナノマシーンが表示されていた。
これが、この場所に流れ弾が来ない理由? 異臭がしない理由? 虫が居ない――ゴミに虫が湧かない理由?
何故、そうなるのか分からないが、そういうものなのだろう。良く分からないが、この辺りに漂うナノマシーンの数が多いことが原因らしい。
俺はゴミの山から抜け出すために動く。ここから早く抜け出した方が良いだろう。ここでは通信が制限される。サンライスの街に居るセラフの人形は、突然、動きを止めたり、動作が遅くなったりしているのではないだろうか。カスミがフォローしていると言っても、あまりよろしくない状況だろう。
歩く。
と、そこでこちらに近づく気配を見つける。
『誰か来るようだ』
『あら、そう』
セラフは気付いていないようだ。この周囲に漂う異常な濃度のナノマシーンが感知の邪魔をしているのかもしれない。
現れたのは若い男だった。肩から銃を下げ武装している。
「まさか、本当に生きているなんて……それに無傷? 凄腕という噂、本当だった」
無傷では無い。普通に死んでもおかしくない傷を負った。ただ、その傷がすでに治っているだけだ。
「あんたは?」
俺は武装した若い男に聞く。
「僕はラシード。このサンライスを機械の魔の手から救い出すために戦っている」
どうやら、この若い男が、フェーを名乗る少女から渡されたカード型のチップを見せる相手のようだ。




