382 時代の風16――「問題無い。大丈夫だ」
「廃棄、ね」
「申し訳ないのですよ。ですが、あの、この街を支配している機械に反撃するには仕方ないのですよ」
フェーを名乗る少女は前回と同じわざとらしい喋り方をしている。服装を変えたのだから、それに合わせて喋り方を変えるような工夫をしないのは努力不足だろう。
「それで?」
一週間もここで待機させられた。それには何か理由があったはずだ。
「一緒に来て欲しいのですよ」
俺は肩を竦め、今回は天女みたいな姿の少女の後についていく。畑では、今日も元気に痩せぎすの連中がクワを振るい、良い笑顔で畑仕事に励んでいる。育てているのは例のカボチャもどきだろう。連中は、毎日、毎日、クワを振っている。クワを振るだけで育つ植物なんて聞いたことがないが、痛めつけることで繁殖するような性質なのかもしれない。人に襲いかかる植物が普通に存在している世界だ。そんな植物があってもおかしくない。
俺はそんな農作業を行っている連中を横目に歩く。
「あんなやり方で作物が育つのか?」
育つからやっているのだろう。そんなことは俺も分かっている。
「分からせるにはあれが一番なのですよ」
どうやら見た目通りまともな植物ではないようだ。
……もしかして、一週間も待機させた理由は俺にこのカボチャもどきを食べさせたかったからか? その可能性はある。
だが、今のところ、俺の体にはなんの変化もない。あくまで、今のところだが、今後、影響が出るとも思えなかった。
『ナノマシーンで構成された体に影響が出ると思うか?』
俺の体はナノマシーンで構成されているとセラフは言っていた。そして、実際にその通りなのだろう。
『ふふん。設定された値に戻るようになっているのだから、影響なんて出る訳ないでしょ』
俺はセラフの言葉に心の中でため息を吐く。それは体を鍛えることが出来ないということだ。俺はもしかすると、死ぬまでこの子どものような姿のままなのかもしれない。
「それで何処まで行くんだ?」
「すぐそこなのですよ」
一週間前はヘルメット男に連れられ、今回はフェーを名乗る少女――いや、人造人間か、に連れられ、笑えるほどに受け身な状況が続く。
「ガムさん、武器が必要だと思うのですよ」
歩いている途中、フェーを名乗る人造人間の少女が、こちらへと振り返りながら、そんなことを言いだした。
『武器、ね』
別に、俺の鍛えられた体と技術と知識が武器だと言っても良い。いや、鍛えられた体は、嘘になってしまうか。
……とにかく、自分の体が武器だと言っても良いだろう。だが、この人造人間が何の意図をもって俺に聞いてきたかが気になる。
「用意してくれるのか?」
「そうなのですよ」
俺の前を歩く、フェーを名乗る少女が足を止める。そして、振り返る。その手には警棒のよう形をした筒があった。
「それは?」
こいつ、何処から取りだした? 天女の羽衣のような服は、その警棒のようなものを隠して置けそうになっていない。まるで何も無い空間から取りだしたかのようにしか見えなかった。
「これはフォトンセイバーと呼ばれている武器ですよ。光の粒子が集まっているように見えるからなのですよ」
フェーを名乗る少女が筒を握ると、そこから光る刃が現れた。
『ビームなんちゃらとか、ライトなんちゃらみたいな武器か』
『あら? お前にはフォトンセイバーって呼んでいたのが聞こえなかったのかしら』
原理は分からないが、光る刃が出てくる近未来的な武器で間違いないだろう。
「充分な量のパンドラが補充されているので、1時間は持つと思うのですよ」
フェーを名乗る少女から筒を受け取る。1時間持つというのは、1時間は武器として使えるということだろう。
「使い方も教えるのですよ」
俺は首を横に振る。
「問題無い。大丈夫だ」
使い方はセラフに聞けば良い。そこは問題無い。
『ふふん。使い方は任せなさい』
問題は、この少女がこの武器を何処から取りだしたのか、と、盗聴器や探知機が仕込まれていないか、だろうか。
『セラフ、どう思う?』
『ふふん。何処から取りだした? 体内からでしょ。探知機は……それに近いものが内臓されてそうね』
『なるほど、体内か』
この少女には、一見すると武器の隠し場所はないように見える。だが、それはまともな人間であったなら、だ。人造人間なら体内に隠すのは簡単だろうし、体の一部を機械化しているような連中でも出来るだろう。
この世界の連中をまともな人間だと思ったら痛い目を見る。何があってもおかしくないと思っておくべきだろう。
俺たちは、そのまま歩く。
そして、サンライスの街の端――見事な反り立つ崖へと辿り着く。俺の右目に写っている立体的な地図が、そこを崖だと教えてくれている。
「崖、ね」
「はい、崖なのですよ」
俺は崖の縁に立ち、下を見る。この街はかなり高い場所にあるはずだ。落ちればただでは済まないだろう。
「俺を落とすつもりか?」
「廃棄するのですよ」
フェーを名乗る少女が頷く。
ここにはこの少女しかない。ここで、こいつを倒し、街の中へと逃げ込むという選択もとれないことはない。
さて、どうする?
「俺を殺すつもりか?」
「まさか、なのですよ。私はガムさんに協力して欲しいと言ったのですよ。ここから下へと廃棄されても大丈夫なのですよ」
何処まで本当だろうか。何処まで信じても良いのだろうか。
「それではガムさん、廃棄するのですよ」
俺はフェーを名乗る少女に押されるようにして、崖から落とされる。その際、小さなカードのようなものを渡される。
「それを見せて欲しいのですよ」
崖から落ちる俺の耳に、そんな言葉が聞こえた。
廃棄?
見せろ?
誰に?
何もかにもが説明不足だ。




