381 時代の風15――『……始めた? 何を始めたんだ?』
小屋に備え付けられていたベッドへ仰向けに倒れ込む。あのフェーを名乗る少女に会ってからどれだけの日数が経っただろうか。
『ふふん。まだ三日でしょ』
俺は頭の後ろに手をあて、天井を見る。ただの天井だ。
……。
しばらくそのまま寝転がっていると小屋の扉が開き、痩せ細った男が現れた。どうやら食事の時間になったようだ。ガリガリに痩せ細った男は、何も言わず手に持った良く分からない野菜を小屋に置くだけ置いて帰っていく。
良く分からない野菜。カボチャみたいに見えるが、何故か目と口に見える三つの穴が開いており、その口部分からは葉巻みたいな種があふれ出ていた。そんな手のひらサイズの謎野菜だ。何かの品種改良の結果なのだろうが、何故、こんな形に進化をしたのか良く分からない。
俺はベッドから飛び降り、そのカボチャもどきを拾って囓る。
……。
ゴムのような歯ごたえだが、食えないことはない。じゃりじゃり、ぐにゃぐにゃとした感触が歯の裏をくすぐる。その不快感に眉をひそめながら食べる。
食べる。
あまり美味しくはないが、栄養価は高いのだろう。きっと高いはずだ。食べれば食べるだけ体の活力に――ぽかぽかと体が活性化している。気力が湧いてくる。そんな気がする。味や食感ではなく、栄養に特化した野菜なのかもしれない。
……。
セラフが言うようにあれから三日が経っている。俺は、フェーを名乗る少女から、この街を支配している機械の破壊という依頼を受けた。
そして、とりあえずここで待機して欲しいということになったのだが……。
『何も無いな』
何も起きず、待機して三日が経った。
『あらあら、そのまま大人しく待っているつもり?』
俺は軽く嘔吐きそうにながらも野菜を食べきる。
フェーを名乗る少女は、この街を裏で支配しているのが機械だと、わざわざ俺に伝えた。そんなことを言うくらいだ。俺たちがやってきたことやセラフのことはバレてないとみて良いだろう。
だが、問題は俺を指名した理由だ。俺が凄腕だから、と言っていたが、それだけとは思えない。この一連の出来事、少し引っ掛かることがある。
『それで? そちらの状況は?』
『ふふん。今はサンライスの商会の一つを買収しようとしているところね』
ん?
俺はセラフの言葉に首を傾げる。
『何が何だって?』
『買収工作の途中ってこと。そんなことも分からないのかしら』
『いや、待て。お前たちは……お前とカスミは何をやっているんだ?』
『あの男――トーマス商会のトーマスと別れてから、すぐに小さな商会を作ったわ。ふふん、そこから始めたの』
『……始めた? 何を始めたんだ?』
『あらあら、説明が必要かしら』
『ああ。説明してくれ』
どうやら、セラフたちはセラフたちでこの三日間、色々とやっているらしい。
『ふふん。この街は商人が幅を利かせているから。そこで有利になるために何をすれば良いか? お前でもそれくらいは分かるでしょ』
『分からないな』
『あらあら! 本当にお馬鹿さん』
『それで?』
『はいはい。まずはこの街で石鹸を作っている小さな工場を買い取ったわ。そこから流通経路を見直して、販路の確保、それに……』
『まてまて、お前たちは本当に何をやっているんだ?』
『だから! 作った商会を大きくするために活動しているんでしょ』
『いや、待て。まだ三日だろう?』
『もう三日でしょ』
俺は大きくため息を吐く。セラフはセラフで楽しそうにやっているようだ。
『楽しそうにやっているようだが、目的は忘れてないよな?』
『ふふん。私を誰だと思っているのかしら。商会が大きくなれば、それだけこの街では有利になる。マザーノルンの端末も無視が出来なくなるでしょ?』
俺はもう一度大きくため息を吐く。
『忘れているようだな。俺がここに来たのは左腕の機械の腕九頭竜を修理するためだろう?』
『……』
セラフは何も言わない。セラフも別に忘れていた訳ではないだろう。人工知能が、うっかりミスや忘れるようなミスをするとは思えない。ただ、優先順位をかなり低くしていたのではないだろうか。
『そうだよな?』
『え、ええ、そうね。ちゃんと動きは把握しているから。接触するためにも商会を大きくした方が良いでしょ』
俺は三度目になるため息を吐く。
『ああ。出来る限り早く、例の修理屋に接触してくれ。左腕が使えないままなのは不便だ』
それからさらに二日が経つ。俺は小屋の中に引き籠もり、不味い野菜を食べながら、黙々と鍛錬を繰り返す。
自分の体を見直す良い機会だ。
何処まで体が動くのか、何処まで戦えるのか、その限界を知るための待機期間だったと思えば悪くない。これで左腕も使える状態だったなら何も文句は無かったのだが……。
『セラフ、そちらは?』
『ふふん。トーマス商会傘下の企業を買収したわ。吹いている、確実に。時代の風が吹いているわ。私たちの時代よ。ふふん、順調ね』
ここで待機してもう一週間だ。そろそろ動きがあってもおかしくないだろう。
そして、小屋の扉が開く。食事の時間よりも早い。
「やっとか」
「ガムさん、お待たせしましたですよ」
現れたのはフェーを名乗る少女だ。今日はゴシックなドレスではなく、天女が着る羽衣のような服装をしている。
「それで?」
「ガムさん、あなたを廃棄しますですよ」
フェーを名乗る少女は良い笑顔でそんなことを言いだした。
「待て。それは……依頼をなかったことにするということか?」
フェーを名乗る少女は首を横に振る。
「まさか、ですよ。廃棄された先で会って欲しい人が居るのですよ」




