380 時代の風14――「やれやれ、あまり目立ちたくは無いんだがなぁ」
まさか、こいつは……、
『セラフ』
『ふふん』
セラフは笑っている。
「フェー様、連れてきました」
ヘルメット男が目の前のゴシックなドレスの少女に敬礼をしている。
「ここまでの案内、ご苦労様でしたですよ」
ゴシックなドレスの少女の言葉を聞いたヘルメット男は、感極まったように体を震わせ、頭を下げ、そのままその場を去る。
俺は改めて黒を基調としたゴシックなドレスの少女を見る。まるで人形のような少女だ。無垢な少女のような雰囲気、慈愛に満ちた優しい顔、整った容姿――ヘルメット男は、この少女をフェー様と呼んだ。
『つまり、こいつが表向きの支配者ってことか』
『ふふん。お前にしては賢いじゃない』
『セラフ、お前が動かなかった理由……こいつを見て、すぐに領域を制圧しようとしなかったのは、そういうことだろう?』
『ふふん』
目の前のいかにもノルンの端末という姿をしたこいつは、間違いなく、ただの人造人間だ。端末が操る人形ですらないだろう。もし、端末が操る人形であったなら、セラフがそこから攻撃を仕掛けない訳がない。
さて、俺はどうするべきか。こいつは全て見ていたと言っていた。俺の動向に注視していたのは間違いないだろう。だが、それはどういうことだ? こんな回りくどいことをして俺を呼んだ理由はなんだ? 俺を怒らせるような茶番をしてまで呼ぶ理由? 俺と仲良くしましょうという話で無いことは間違いないだろう。
「ガムさん、あなたにやっていただきたいことがあって、こうやって呼びましたですよ」
俺が何も喋らないことに焦ったのか、ゴシックなドレスの少女が用件を喋る。
『あらあら。こいつはお前と仲良くしたいみたいだけどぉ?』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。
「やって貰いたいこと? その前に自己紹介するべきなんじゃないか?」
俺の言葉にゴシックなドレスの少女がわざとらしく驚いた顔をし、その後、丁寧なお辞儀をする。
「これは失礼しましたですよ。私はフェー、この街の表向きの支配者ですよ」
「表向きね」
「はいですよ」
俺の言葉にフェーを名乗る少女が頷く。
こいつ自身の言葉で俺の予想が肯定された形だ。だが、俺の考えている表向きと、こいつの言っている表向きは、言葉としては同じでも意味は違うだろう。
「それで?」
「まずは乱暴なやり方でお呼びしたことをお詫びするですよ。ですが、こうでもしないと疑われること無く、ガムさんに接触が出来なったのですよ」
フェーを名乗る少女が頭を下げる。
『これは頭を上げてくださいとか言った方が良いのか?』
『ふふん。好きにすれば?』
俺はセラフの言葉に大きなため息を返す。そのため息を俺の返事だと思ったのか、フェーを名乗る少女が頭を上げ、俺を見て微笑む。その笑顔――整った顔は一枚の絵画のようだ。まるで絵から抜け出してきた神の使い、と言ったら良いのだろうか。つまり、うさんくさいということだ。
「それで?」
俺はもう一度聞く。
「ガムさんにやって貰いたいことがあるのですよ」
……。
「分かった。話は聞こう」
俺の言葉にフェーを名乗る少女が頷く。
「先ほど、私は自分のことを表向きの支配者と言いましたですよ。ガムさんにやって貰いたいことは、この街……サンライスを裏から支配するそれを排除して貰いたいのですよ」
俺は思わず口笛を吹きそうになる。
「それは面白い。俺に暗殺者になれと?」
フェーを名乗る少女は首を横に振る。
「そこは安心して欲しいのですよ。この街を影から支配している、それは……」
フェーが言葉を溜める。
「それは?」
「機械なのですよ!」
「機械が街を影から支配している? それは恐ろしいな」
「信じられない気持ちは分かるのですよ。ですが、これは恐ろしいことに事実なのですよ」
フェーを名乗る少女は神々しくも威厳を感じさせる真面目な顔でそんなことを言っている。
『思わず笑いそうになる。顔が引き攣ってないだろうか?』
『ふふん。笑えばいいじゃない』
俺は口角を上げる。
「機械が街を支配している。それは分かった。だが、何故、俺だ?」
「ガムさんほどの凄腕にしか、頼めないと思ったからですよ。このサンライスに入ってすぐのお芝居にも気付き、ことを荒立てること無く、ここまで……さすがなのですよ。噂通りの凄腕ですよ。だから、ガムさんに頼みたいのですよ」
フェーを名乗る少女は、その威厳を感じさせる顔のまま俺に媚びるようなことを言う。
「それで、報酬は?」
「この街を救ったという名誉、それと望むがままの財宝を、ですよ」
俺は肩を竦める。
名誉に望むがままの財宝、ね。
ここは、この言葉を言っておくべきだろう。
「やれやれ、あまり目立ちたくは無いんだがなぁ」
「目立ちたくないガムさんのお気持ち分かりますですよ。ですが、これはガムさんにしかお願い出来ない事なのですよ。どうか、この街を救って欲しいのですよ」
フェーを名乗る少女は祈るように手を合わせ、俺を見る。
『さて』
『ふふん』
俺はセラフに話しかける。
『この茶番、あり得ると思うか?』
目の前のフェーを名乗る少女は間違いなく人造人間だろう。それが支配者であるノルンの端末に逆らう?
あり得るか、あり得ないかで言えば、カスミという前例があるのだから、可能性としてはゼロではないだろう。
だが、そんなことが都合良くあるだろうか?
『ふふん。お前の思っている通りでしょ』
『だろうな』
本物のフェー――この街の端末。それがこんな茶番を行う理由はなんだ?
だが、この茶番に乗ることで、本物に出会うチャンスがあるかもしれない。
『……乗ってみるか』
俺はフェーを名乗る少女に頷きを返す。
「分かった。出来る範囲で協力しよう」
「ありがとうなのですよ」
フェーを名乗る少女が微笑む。それはまさに花が開くという言葉がぴったりの笑顔だった。
「ところで」
「はい、なのですよ。何かご要望があれば言って欲しいのですよ。私に出来ることであれば、なんでも協力するのですよ」
フェーを名乗る少女は笑顔のまま媚びるように俺を見る。見ている。
「そのわざとらしい喋り方はいつまで続けるんだ?」




