038 クロウズ試験05――実力
「それでどうするんだぜ」
どうするか? それは……ん?
慌てて声の方へと振り返る。そこにはナイフをぺろりと舐めている冴えない男が立っていた。
「いつの間に?」
「さっきだぜ、さっきなんだぜ」
冴えない男は相変わらずナイフをペロペロとなめている。毒でも塗ってあったら危ないだろうに……。
「それで何の用だ?」
「首輪付きとご一緒しようと思っただけだぜ」
ナイフの男はすっとぼけてそんなことを言っている。何を考えているのか良く分からない男だ。
「それでどうするつもりなんだぜ」
「とりあえず合流するさ」
「はっ、意外なんだぜ」
意外でもなんでも無いさ。俺は肩を竦める。
連中、今は共闘しているが、いつ争い初めてもおかしくない疑心暗鬼の状態だ。姿を見せないことで疑われて標的にされるよりは、一緒に行動してヤツらの動きを把握した方がマシだと思っただけさ。
『ふふふーん』
『何か言いたそうだな』
『別にぃ』
まったくコイツは……。
とりあえず合流しよう。
隠れていた砂の山から離れ、連中の前に姿を見せる。
「何、ちょっと、あの武器を取らなかった餓鬼じゃない! もしかして私の力をアテにしてるわけ?」
こちらに気付いたドレッドへアーの女が何を勘違いしているのかそんなことを言っている。
「いいじゃねえか。敵を誘い出すおとりには使える。お、ナイフ野郎も一緒かよ」
ガタイの良いおっさんが短機関銃を構えたままニヤリと笑う。
「それは良い。これで私もマシーンの討伐側に参加できます」
今までおとり役をやらされていたであろうフードの男が大きく安堵のため息を吐いている。フードの男と一緒におとり役をやっていたらしき震えている男もホッとしたような顔を見せていた。
やれやれ。
俺は肩を竦める。
「分かった。一度にどれくらいの数を釣ってくれば良い?」
「はぁ? 何言っているの」
ドレッドへアーの女が呆れたような声を出す。ん? どういうことだ?
「随分と自信があるようだがよ、この先に居る団体は二、三体程度だ。引っ張ってくる、倒す、進むの繰り返しだ。分かったな?」
「ええ。先にはいくつものグループは見えますが、一つのグループはその程度ですよ」
数が多いと言っていた割りには……これは実際に見た方が早そうだ。
俺の思いに反応したのか、それともセラフが自分の能力を自慢したいのか、右目に表示されていたマップが拡大される。先ほどまではくっついていたように見えていた赤い光点が、拡大されたことによって二、三匹ほどの集まりがわざとらしいくらいに距離を置いて等間隔に並んでいたことが分かるようになった。そして、それと重なるように見える無数の小さな光点――どうやら、これは違う階層を示しているようだ。数が多いのは下の階層か。
この先に潜んでいる敵の数は二、三十ってとこか。
なるほど。連中は、この数でも共闘しようと思うくらい数が多いと判断したのか。これは……無数の光点が見える下の階に降りたらヤバそうだ。
「俺も一緒に行くんだぜ」
ナイフの冴えない男も一緒に着いてくるようだ。
……とりあえず先に進んでみよう。
砂の積もった廊下を抜け、崩れた壁から部屋に入る。ここも上の階層と同じようにベルトコンベアが並んでいた。そして、そこには確かにいくつもの団体さんの塊が見えた。
二から、多くても四体の塊がちらほらと……十グループくらいか。この数にびびってちまちまと誘い出して倒すことにしたのか。それは分かった。だが、相手は機械だ。一つのグループが気付き反応したら、全員が一斉に反応する……その可能性は考えていなかったのか? それともこのベルトコンベア部屋にも入り込んでいる砂の壁があるから分断されていると思ったのか?
「首輪付き、どうしたんだぜ?」
このナイフの男、最初は俺のことを餓鬼呼ばわりしていたくせに、今は相棒面してそんなことを聞いてくる。最初のアレは、俺が何もしてこないと踏んだ上で、連中に自分の能力や性格を勘違いさせるためのポーズだったのだろう。俺も本気ではないのが分かっていたから相手にしなかったが……。
「あの連中は、コイツらが一斉に反応する可能性を考えていなかったようだ」
「機械連中の通信リンクを知らないんだと思うんだぜ」
俺は肩を竦め、転がっている手頃な石を拾う。そのまま一番手前に集まっている二匹の蟹もどきの方へと投げる。だが、反応はない。
もう一度、石を拾い、今度は一体の蟹足に当てる。蟹もどきがやっとこちらに気付き動き出す。随分と鈍いようだ。
セラフはこの位置からでも、この廃工場の全域を把握するくらいの感知能力を有しているのに、コイツらはかなり近づいて石をぶつけるまで感知できないとは……。
『はぁ? こんな統合チップしか積んでいない雑魚とこの私を一緒にするとか!』
『一緒にしてないだろう。この蟹もどきよりお前の方がマシだって褒めたんだよ』
『はぁ! 当然でしょ、馬鹿なの?』
胴体部分が物を乗せて運べそうな板状になった蟹もどきがシャカシャカと足を動かして迫る。
さあ、連中のところまで引っ張っていくか。
砂の壁を盾代わりにしている連中のところまで戻る。と、そこで光弾の光を感知して俺はとっさに回避する。見ればフードの男がこちらを見て狙撃銃を構えていた。俺を狙った? それとも誤射か?
「餓鬼、早く来い! 巻き込まれてミンチになるつもりか」
おっさんが叫ぶ。
俺は小さく息を吐き出し、駆ける。俺の後ろを守るようにナイフの男も着いてきている。一応、一回は誤射の扱いにしておくか。
さてさて、コイツらのお手並みは……。
しばらく待ち、やがて戦闘が終わる。それはただ光弾をばらまいているだけの戦闘だった。ただただ火力で押し潰す。それだけだ。近接戦闘用の長い棒を持っているドレッドへアーの女も近寄ることを恐れたのか光弾をばらまいているだけだ。
「これならクロウズになってからも楽勝だな」
「ええ。すぐに遊んで暮らせそう」
ガタイの良いおっさんとドレッドへアーの女はのんきなものだ。
「早く次を持ってきなさい。今回も私にはポイントが入らなかったのですよ!」
「おお、わりぃわりぃ、次はそっちに回すぜ」
「そうね。共闘だから!」
「ええ、頼みますよ。ここで救済のための資金を稼ぐことは、巡り巡ってあなたたちのためでもあるのですからね」
フードの男は偉そうにそんなことを言っている。
やれやれ。これは、しばらくコイツらに餌を運ぶ飼育員をやらされそうだ。




