379 時代の風13――「なるほど。食事か」
そこにあったのは畑だった。
は?
畑、だと。
痩せ細った連中がクワを持ち、畑を耕している。
「なんのつもりだ? 俺に何をさせるつもりだ?」
俺はヘルメット男に聞く。
「耕せと言われると勘違いしたか。こっちだ」
ヘルメット男が偉そうな態度のまま畑の中を進む。どうやら、この畑が目的地では無いようだ。
俺はヘルメット男の後を追いながら、畑を見る。痩せ細った連中が、籠を背負い、とびっきりに極上な笑顔でクワを振るい、土を耕している。少し離れた場所でも似たような籠を背負い、何か良く分からない果実の採取をやっている奴らが居た。どいつもこいつも体は骨と皮しかないかのようにガリガリなのに、不気味なほど楽しそうな笑顔を浮かべている。どう考えてもまともな連中じゃない。
「あの痩せぎすの連中はなんだ?」
「ここはフェイ様の管理する農園、そして奴らはフェイ様の信徒だな」
ヘルメット男が吐き捨てるように答える。
「おっと、親切に教えてくれるとは思わなかった。助かった」
「いいから黙ってついてこい」
俺は肩を竦め、ヘルメット男の後についていく。
『ふふん』
『セラフ、どうした?』
その途中でセラフが話しかけてくる。
『ふふん。今、サンライスの街の中に入ったから』
『そうか』
どうやらセラフの人形とカスミがサンライスの街に入ったようだ。順調と言えば順調だろう。
『ふふん。サンライスの街のマップを送るから』
俺の右目にマップが表示される。
ん?
そこには俺が今居る場所も表示されていた。
今俺が居る場所は……、
『ここはサンライスの街の中なのか』
そう、俺が今居る場所はサンライスの街の中だった。セラフの人形とカスミを示す光点もかなり近い場所にある。
『ふふん。そうね』
……。
エレベーターを上がって進んだのだからサンライスの街に入るのは当然か。
『それで?』
ここがサンライスの街の中だというなら、ヘルメット男を無視して、このまま街の中へと進むのも一つの手だろう。
『ふふん。馬鹿なの? 突撃しても取り押さえられるだけでしょ。このまま何食わぬ顔で別行動した方がいいに決まってるじゃない。それに……』
『ああ、それに、こいつが俺を何処に案内しようとしているか――そこに何が待っているのか、興味があるから、俺はそれを知るべきだろうな』
『ふふん、そうでしょうとも』
俺はセラフの言葉を聞きながらヘルメット男についていく。
何処に案内しようとしているか? マップにはこの周辺の様子も映し出されている。このまま進めば何処につくのか、すでに判明している。
そう、それはもう分かった。
俺は知らない振りをしながらヘルメット男の後を歩く。畑の終わりは近い。
……。
と、その時だった。突如、チャイムの音が鳴り響く。
「これは?」
俺はヘルメット男に聞いてみる。
「みりゃあ分かる」
今回もヘルメット男は親切に答えてくれる。意外と良い奴なのかもしれない。
ヘルメット男に言われたとおりに畑を見る。そこでは畑を耕していた連中が手を止め、土下座を始めていた。
「お祈りの時間か?」
「違う。食事の時間だ」
俺はヘルメット男の言葉に首を傾げる。連中は土下座をしているだけにしか見えない。それの何処が食事の時間なのだろうか。
鳴り響いていたチャイムが終わる。すると土下座していた連中が一斉に立ち上がった。その目は焦点があっておらず、口からはぶくぶくと泡を吹いている。だが、連中のどいつもが幸せに包まれ、楽しい小旅行に出掛けたような顔をしていた。
「なるほど。食事か」
痩せぎすの連中が幸せな顔のまま農作業を再開する。どうやら食事の時間が終わったようだ。
「あー、勘違いしているなぁ。奴らの背負っている栄養タンクから直接、体内に食事が注入されているのだ。これで連中は効率よく働ける」
……。
「なるほど」
どうやら、このヘルメット男が言うように俺は少し勘違いしたようだ。てっきり脳内麻薬でも分泌して幸せな気分を食わせて働かせているのかと思っていたが違ったようだ。
『ふふん。それも間違ってないから。人は栄養だけでは生きていけないでしょ。幸せも必要だって考えみたいね』
『ほう。それは?』
『今、向こうで親切に教えてくれている奴が居るから。それを聞いているとこ』
どうやら、向こうでは親切な解説役が居るようだ。それは間違いなく、さっきの狐顔の男だろう。
「もう充分見たな。行くぞ」
ヘルメット男が歩き出す。
「はいはい。それで何処まで行くつもりだ?」
「もうすぐだ」
俺はヘルメット男の言葉に肩を竦める。
そうもうすぐだ。
俺は畑を横目に歩く。
さて。
「俺を廃棄するつもりなんだろう?」
俺は思いきってヘルメット男に聞いてみる。もちろん、あえて、だ。
「はぁ? それを言ったのはあいつか。ただの商人風情が偉そうに、知ったかぶって! 廃棄? 廃棄するような奴を街に入れると思っているのか。要らないことを教えやがって」
ヘルメット男が吐き捨てるように言う。びくびくしたり、下手に出てみたり、荒れてみたり、このヘルメット男はかなり情緒不安定なようだ。
「それで? 俺を廃棄しようとしている訳じゃないのか?」
「ふん。餓鬼が、こんな餓鬼が生意気な態度を、だけど、アレが本当なら……」
ヘルメット男は俺の言葉を無視してブツブツと呟き、畑の中を進んでいく。俺は肩を竦め、その後を追う。
そして、開けた場所に出た。
そこには小屋があった。この農作業を行っている連中の休憩所だろうか。
……。
いや、それはおかしいか。連中が休憩をしている様子は無い。それこそ、死ぬまで働かせそうだ。となると、この建物はなんだろうか?
「ここだ。ここに入れ」
どうやらこの小屋が目的地で間違いないようだ。右目に表示されている地図の通りだ。
『さて、何が待っているやら……』
俺は扉を開ける。
「ようこそ、ガムさん。全て見ていましたですよ!」
そこで待っていたのはゴシックなドレスに身を包んだ人形のような少女だった。




