377 時代の風11――『商人?』
「トーマス様、そこを退いていただけませんかねぇ」
ヘルメット男は、この狐顔の男を様付けで呼んでいるが、そこに敬う気持ちなどは入っていないようだ。
狐顔の男は通路の真ん中に立ち、手に持った扇子を開け閉め、パチンパチンと鳴らしている。
ヘルメット男は面倒な奴に見つかったという、うんざりしたような顔をしている。ヘルメット男の上司や敬う立場という訳ではないのだろう。では、この狐顔の男の立場は――立ち位置はなんだ?
ユメジロウのじいさんから渡された割り符の片方、それを見せたのは何故だ? 俺たちを待っていたのか? 俺たちがサンライスに来ることを知っていた? 俺たちの動きよりも速く情報がここまで来ていた?
……。
何かの通信装置でもあれば、それくらいはあり得るか。
「それで、あんたは何者なんだ?」
分からないなら本人に聞いてみればいい。簡単なことだ。
狐顔の男がパチンパチンと鳴らしていた扇子を閉じ、自身の顎に当てる。
「私は、このサンライスで商いをしているしがない商人ですよ」
狐顔の男は俺の言葉に答えてくれる。
『商人?』
『ふふん。商品を売って利益を得る人たちでしょ』
『それは、そうだろうな』
この狐顔の男が、俺に用があるのは間違いない。だが、この状況、どうするつもりだ?
「トーマス様、そこを退いていただけませんかね。そこで邪魔して、なんのつもりか分からないんですがね、これ以上、邪魔をするというならトーマス様でも、それなりの処罰を覚悟して貰うことになりますが、どうでしょうかねぇ」
ヘルメット男がもう一度、狐顔の男に告げる。それはお願いというよりも命令に近い。
「いえいえ、お仕事を邪魔するつもりはありませんよ。ただ、少しだけ彼らと話をしたいと思いまして……」
狐顔の男が袖から、ぽかんと口を開けた雪だるまに似た不気味な人形を取り出す。
「これはウマモナドと言いまして、今流行りの素焼き人形なんですが、お一ついかがですか?」
狐顔の男がヘルメット男に、そのぽかんと口を開けた不気味な素焼き人形を渡す。
「ほう、これが例のウマモナドですか」
「ええ、ええ。ご存じでしたか。最近は人気ですからねぇ」
「……少し、ああ、少し用を思い出した。すぐに戻って来るので、それまで彼らが逃げないようトーマス様に見ていて貰えると助かるんですが、どうですかねぇ」
ヘルメット男が嫌な顔で笑っている。
「ええ、ええ。それくらいはお安いご用ですよ。彼らが逃げないようにしっかりと見ておきます」
狐顔の男は細い目をさらに細め微笑んでいる。
ヘルメット男が貰った素焼き人形をニヤニヤと嬉しそうに眺めながら、この場を離れる。
ヘルメット男が消えたのを見計らい、狐顔の男が、ささっとこちらに近づいてくる。
「ガムさん、あなた方は狙われてますよ」
そして、声を細め、そう俺に告げる。
「あんたは何者だ?」
「私は先ほど言いましたようにサンライスの商人です。サンライスではそこそこ有名な商会の商会主ですが、それだけですよ。それよりも時間がありません」
商会主?
時間が無い?
「どういうことだ?」
「分かりません。私でも分かりませんが、このまま進めば、ガムさん、あなたは廃棄されますよ」
「廃棄?」
「下町に落とされることを、ここでは廃棄と言うんですよ。一度、落ちれば終わりです」
そのアンダーグラウンドというのは、外で見た、サンライスのシールドの外に作られた瓦礫の町のことだろう。
だが、どういうことだ?
「あらあら、私たちは市民IDがあるのに? ふふん、それはおかしなことね」
セラフの人形が口を挟んでくる。
「あなたとあなたは、その市民IDで何とかなるかもしれません。上の狙いはガムさんのようですから。ですが、ガムさんは無理です。市民IDがあっても、連中は見なかった、気付かなかったことにして、無理矢理にでもガムさんを廃棄するでしょう」
見なかったこと。確かにさっきのヘルメットの男は俺のクロウズのタグを見ようともしなかった。見るまでも無く俺だということが分かっていたから、見なかったのかと思ったが、それだけでは無かったようだ。気付かなかった事実作りか。いや、確認していたとしても好きに難癖をつけるのだろう。
「分からないな。俺はただ、この左腕の修理のために、この街に来ただけだ。俺を狙う理由も分からないが、何故、殺そうとせず、廃棄する?」
俺を狙っている、狙われているのは分かった。だが、俺を生かす理由は何だ? そこに何かあるのだろうか。
「ここでは――サンライスでは、人は殺されません。殺人はもっとも罪深いことですから。廃棄が処刑の代わりですよ」
狐顔の男は扇子を広げ、口元を隠す。俺は狐顔の男の言葉に肩を竦める。
「それで俺はどうしたらいい?」
このままヘルメット男に着いていけば俺は廃棄されるのだろう。では、どうする? この狐顔の男はそれを教えてくれた。だが、この狐顔の男はサンライスの商人だ。そこで活動し、立場というものがあるだろう。そんな、この街の商人が俺を助けてくれるとは思えない。
「逃げてください。それしかないでしょうね」
俺は狐顔の男の言葉にもう一度肩を竦める。
『セラフ、お前の人形は大丈夫か?』
『ふふん。この程度の距離なら問題無いでしょうね。察知されることも探知されることも無いわ』
『分かった』
俺は決める。
「別行動だ。二人は市民IDを使ってサンライスの町に入ってくれ」
カスミとセラフの人形が頷く。
俺は――とりあえず廃棄されてみようか。




