375 時代の風09――『目は口ほどにものを言う、か』
俺はこちらにやってきたヘルメット男にクロウズのタグを見せる。だが、ヘルメット男は、そのタグを見ようとしない。それどころか、何故か大きくため息を吐き、チラチラとこちらを見ている。
『何がしたいんだ?』
『さあ? 私に分かるわけが無いでしょ』
セラフは何処か投げやりだ。
「よく見えないから分からんなぁ。餓鬼が持つようなものだから、何処かで拾ったのか、偽物か、そういう可能性もあるよなぁ」
そして、ヘルメット男はタグを見ようとせず、そんなことを言いだした。
『何を言っているんだ、こいつは』
俺もそろそろ有名になったと思ったのに、餓鬼扱いされ、こんな人を舐めるようなウザい絡まれ方をするとは思わなかった。
俺は大きくため息を吐く。
『またこのパターンか。まさか街に入る直前でこんな絡まれ方をするとは思わなかった。オフィスで絡まれることも多いが、ここでもか。ワンパターン過ぎてため息が出そうになる』
『もうため息なら吐いているじゃない』
俺はセラフのツッコミを無視する。
「それで、何が言いたい?」
「そのタグでは市民IDの代わりにはならん。分からないのか。お前みたいな餓鬼には分からないだろうな」
ヘルメット男は偉そうな態度でそんなことを言っている。
……。
よくもまぁ、そんなことが言える。
「そうか。これではどうだ?」
俺はユメジロウのじいさんから受け取った割り符を見せる。それを見たヘルメット男の動きが、驚いたように一瞬だけ止まる。
「何かと思えば、なんのつもりか分からないが、そんなゴミを見せて何がしたい? そのゴミで何かなると思ったのか?」
だが、すぐに何事もなかったようにそんなことを言いだした。
確かにこれはサンライスの商業組合に入るための割り符であって、サンライスの街に入るための割り符ではない。だが、それでもサンライスに関係のあるものだ。身分を証明する助けになるかと思ったが――まさかゴミ扱いされるとは思わなかった。
俺は大きくため息を吐く。
ヘルメット男はチラチラと何かを求めるようにこちらを見ている。
賄賂でも求めているのだろうか。
傍から見ればクルマを三台も持っている餓鬼と女だ。確かに何も知らなければ手頃な獲物が来たと思うかもしれない。
「そうか。なかなか面白いことを言うな」
俺は壁に備え付けられた、こちらを狙う機銃を見る。俺が怒りにまかせて動こうとすれば情け容赦なく攻撃をしてくるだろう。
こちらから手を出すのは不味い。だが、こんな風に舐められたままで良いのか? 良い訳がない。
『俺は舐められるのが嫌いでね』
『ふふん。知っている。私に任せなさい』
俺が行動に移す前にセラフがそんなことを言いだした。
『何か策があるのか?』
『ふふん、こんなこともあろうかと』
どうやらセラフに何か手があるようだ。
「すいません、これでどうですか?」
カスミがヘルメット男を呼ぶ。その手には四角いカードがあった。
『あれは?』
『ふふん。このサンライス用の市民IDね。こんなこともあろうかと用意していたの』
俺はセラフの言葉に思わずため息が出る。
『持っていたなら最初から言ってくれ』
これからサンラインスに行くと分かっていたのだ。用意していてもおかしくない。いくつものオフィスを支配下においているセラフなら市民IDを用意するくらい簡単か。
「市民IDだと。まさか用意して……」
カスミの持っているカードを見たヘルメット男が何処か困ったような様子でぶつぶつと呟く。
ん?
「確かに市民IDだ。だが、持っていたなら、何故、すぐに出さない! 怪しいな。ああ、そうだ。怪しい! これは偽造かもしれない」
ヘルメット男は偉そうな態度でそんなことを言いだした。
『おいおい、セラフ、言われているぞ』
『私が偽物を用意するわけないでしょ』
そう、セラフなら本物を用意することが出来るはずだ。あえて偽造品を用意するような馬鹿な真似をするわけが無い。
「お前みたいな餓鬼がクルマを持っているのも怪しいなぁ。どうやら、お前たちを連行して少し話を聞いた方が良さそうだ」
ヘルメット男は偉そうな態度でそんなことを言っている。俺を連行するためにか、赤く光る警棒のようなもので手を叩きながら、こちらへと歩いてくる。
ん?
だが、その目は笑っていない。その態度とは違い、逆に何処か怯えているような……。
『目は口ほどにものを言う、か』
『あらあら、どうしたのかしら』
セラフは気付いていたのか、いや、気付いていないだろう。
『俺はどうやら俺が思っているよりも有名だったようだ』
サンライスの街に入る直前で守衛に絡まれる?
『毎度毎度、ワンパターンに絡まれる? おかしいと思っていたよ』
そんな茶番がありえるか?
俺は大きくため息を吐く。
「そろそろ出てきたらどうだ?」
俺の言葉を聞いたヘルメット男が足を止める。
「突然、何を言い出すんだ。頭でもおかしくなったのか」
そして、可哀想なものでも見るような目で俺を見た。
ん?
ああ、確かに、そのままだと俺が何かの電波を受信して頭のおかしいことを言いだしたみたいだ。




