373 時代の風07――『これは……、これがサンライス』
天部鉄魔橋を渡り、しばらく進む。
『ふふん。分かっていると思うけど、そろそろ領域に入るから気を付けなさい』
どうやら、そろそろサンライスの街のマスターが支配する領域に入るようだ。ここから先は下手なことをすれば、俺たちの動きを感知されてしまうだろう。キノクニヤの街で派手に動いたから、俺のことはすでにマザーノルンに察知されているはずだ。だが、サンライスの街に入ろうとしていることまでは知られていないだろう。
……。
俺は首を横に振る。
『いや、遅かれ早かれ、同じか』
クルマを三台も持っているような奴が俺の他に、そうそう居るとは思えない。それにサンライスの街でオフィスに向かえば、それだけで俺が来たということは知られてしまうだろう。
……。
だが、ナノマシーンを使った通信などを行わなければ、セラフの存在はバレないはずだ。それはつまりセラフが支配している、レイクタウン、ウォーミ、マップヘッド、ハルカナ、ビッグマウンテン、オーキベース、キノクニヤからの情報を入手出来なくなるということだが、あまり問題ではないだろう。
気を付けるべきは俺よりもセラフだ。ここのマスターを追い詰める時までセラフの力を借りられなくなるだろうな。
『セラフ、人形の遠隔操作は大丈夫なのか?』
『ふふん。私を誰だと思っているのかしら』
『セラフだな』
『はいはい。あまり離れなければ大丈夫だから』
セラフの言葉に俺は肩を竦める。俺が言うまでもなく、それくらいセラフも分かっているはずだ。近距離であれば、ナノマシーンを使った通信を上手く誤魔化す方法があるのだろう。
そして、サンライスの街が見えてくる。
『これは……、これがサンライス』
それは俺が想像していた街と――大きく違っていた。
半透明な球体の中に街がある。その球体の中に並んでいる建物は三角や四角などの実用性よりもデザイン性を重視したようなものになっていた。
何処か、レイクタウンの上流階級が住んでいたエリアを思い出させる。だが、それよりももっと洗練されている。何処か近未来的な感じがする。
『あの半透明な壁は?』
『ふふん。シールドね』
街を全て覆うほどのシールド?
『言ったでしょ。最前線にもっとも近い街だって。ふふん、あれくらいしないと街は守れないのよ』
『常に?』
『ふふん。常に、よ』
どれだけの数のパンドラがあれば可能だろうか。パンドラは夜の間は回復しない。使えば使うだけ、減っていく。
セラフは常にと言った。つまり、その夜の間でもまかなえるほどの数のパンドラがあるということだろう。
オフィスが回収したパンドラが使われているのか? いや、それはマザーノルン自身が集めているはずだ。ノルンの端末が治める街に使っているとは思えない。
半透明な球体は、その中に街があるというだけあって、かなり大きい。
ん?
『セラフ、あれは?』
その半透明な球体の周囲に瓦礫を積み上げたような代物が並んでいた。よく見ればその瓦礫に隠れるように動く人の姿も見える。
『もしかして、下町か』
『ふふん。スラム街でしょ。サンライスに入れない連中が住み着いている、ね』
確かに建物というにはお粗末すぎる。とにかく寝られれば良いというだけの――日除け、雨よけの壁にしか見えない。
『サンライスに入れない連中、か。だとしても、もう少しまともな家を造れば良いだろうに……』
『ふふん。ちょうど良いタイミングみたいね。見ていなさい』
セラフの人形が動かすパニッシャーとカスミのグラスホッパー号が動きを止める。俺もそれに合わせてドラゴンベインを停車させる。
『見る? 何が起こるんだ?』
そして、それは起こった。
サンライスの街――それよりもさらに先、最前線の方から光る奔流が、サンライスの街を飲み込むように飛んでくる。
光がサンライスの街を襲う。
『お、おい。今のは……』
『ふふん。最前線からの流れ弾という奴ね』
光が消える。
その光の中から現れたサンライスの街は無傷だ。あの半透明なシールドで防いだのだろう。
だが、その光の射線上にあった瓦礫で作られたスラム街は……。
『跡形もないだろうな』
『ふふん。シールドの外なんだから当然でしょ』
通りで瓦礫ばかりな訳だ。まともな建物を造っても最前線からの余波で消し飛んでしまう。それは賽の河原で石を積むようなものだ。
『それでも最前線と逆側、こちら側なら――サンライスの街のシールドを盾にすれば安全なはずだろう?』
『そう思う?』
俺はセラフの言葉に肩を竦める。
最前線側よりは安全だろう。だが、それは百パーセントではない。あくまで、よりは、という話だ。
……。
『最前線からの流れ弾はどれくらいの頻度で飛んでくる?』
『ふふん。あまり多くはないようね。今回は良いタイミングだったということね』
『良いタイミング、ね』
まるで俺にサンライスという街を教えるように――そんなタイミングだった。確かに良いタイミングなのだろう。
『ふふん、祝砲としては最高じゃない』
『よくそんな場所に街を作ったな。商人連中はサンライスの街と交易をしているんだったよな? サンライスの街と行き来するだけでも大変ではないのか』
『ふふん。あらあら、考えれば分かることなのに、考えないの? 馬鹿なの? 聞けば答えを得られるから、なんでも聞こうと思考停止しているのかしら』
俺はセラフの言葉にもう一度、肩を竦める。
『その方が早い。それに、だ。予想は出来るがそれは憶測になる。情報は正しい方が良いだろう?』
『はいはい。そうね。そういうことにしておこうかしら。それで答え? 一応、道の上は比較的、安全なの。ふふん、といっても百パーセントではないけど。でも、分かるでしょ。そうだとしてもサンライスの街とやり取りするのはそれだけ魅力的だということ。それだけの代物がサンライスにあるということ。そして、だから、サンライスからの商品は高額になる。これが答え。どう、満足かしら』
『ああ。俺の予想が間違っていなかったと確認出来た』
『あらあら、あらあら! そうね、そうよね。後では何とでも言えるものね。本当に正解を予想出来ていたかなんて分からないものね』
セラフは笑っている。
俺はため息を吐く。
道の上が安全だというのなら、出来る限り、そこから外れないように進もう。
サンライスの街はすぐそこだ。




