372 時代の風06――『ゴミ?』
『……何故、子犬ばかりだった?』
『あらあら、そんなことを気にしていたの』
俺は考える。
――いくつか理由は考えられる。
子犬に見えて成犬だった可能性。そういう種類の犬種だったという可能性もゼロではない。だが、その可能性はかなり低いだろう。現れた子犬たちは同一の犬種ではなかったからだ。こちらを油断させるために子犬の姿のまま成長を止めた、という可能性はある。だが、それは身体能力が落ちる小さな体というデメリットを越えるほどのメリットになるだろうか?
もう子犬しか残っていなかった可能性。これが可能性としては一番高いだろう。俺はこのハルカナの街の周辺で何度も何度も、多くの犬のビーストと遭遇し、それを殺している。つまり、そういうことだ。
……。
俺は襲われたから、それを倒した。降りかかる火の粉を払っただけだ。
……。
『それでもあまり気持ちの良いものではないな』
『あらあら、そんなことを気にしていたの』
セラフは先ほどとは少し違うニュアンスでそんなことを言っている。
俺は肩を竦め、ドラゴンベインを動かす。こちらを包囲していた子犬の囲いはなくなっている。
飼い主まで現れ、それを倒したのだ。さすがに、もう次は無いだろう。これも、キノクニヤで出会った、あの筋肉だるまが関係しているのだろうか。
……いや、奴の、その言葉を信じすぎるのも問題か。奴は俺を見ていると言っていた。思わせぶりなことを言って、俺を疑心暗鬼に陥らせようとしている可能性だってある。
ドラゴンベイン、グラスホッパー号、パニッシャー、三台のクルマで並び、走る。
『ん?』
『ふふん』
しばらく進んでいるとこちらとすれ違う車があった。そう、車だ。パンドラを搭載しない、化学燃料で動いている旧時代の車。
何かを運んでいるのか、そこそこ大きな四角い箱を積んだカーゴトラックだ。
『あれは……ガソリンなどの化石燃料で動いている訳ではないんだろう?』
この時代、こんな場所に、化石燃料が残っているとは思えない。残っていたとしても非常に貴重だろう。
だが、この世界にはパンドラ以外で動く車は多く現存している。それらは色々なものを燃料として動いている。
『ええ。そうね。あれはゴミで動く車でしょうね』
『ゴミ?』
『ええ。一部の……お前たちが言うところの狂った機械にもゴミを燃料とするものがあるから、それを使い回しているんでしょ』
マザーノルンに従い、人類に襲いかかってきた機械。それと同じ燃料……。
『ゴミを燃料としていると聞くと随分とエコな感じがするな。夜の間は補充されなくなる謎のエネルギー――パンドラよりも便利そうだ』
『ふふん、馬鹿なの? 無限に近いエネルギーよりも優れたものなんてないでしょ』
『にしても、ゴミか。そこら辺に転がっているものでも良いのか?』
『ええ、ゴミね。炭素なら……有機物なら殆どが燃料になるでしょうね。ゴミならいくらでも転がっているでしょう? さっきも沢山のゴミが出たじゃない』
……さっき?
『まて、セラフ、それは……』
一部の狂った人を襲う機械と同じ?
有機物、ゴミ。人を襲う、ゴミ。俺が倒した子犬の群れ、ゴミ。
炭素?
俺はすれ違った車を見る。その車はすでに小さな姿になっている。こちらとはかなりの距離がある。急げば追いつけるかもしれないが……。
……。
追いついてどうする。
その燃料としたものが何かを問いただすのか。それは俺の考えすぎかもしれないし、人の命がゴミのようなこの世界では効率的で当たり前のことなのかもしれない。
追いついて問い詰めるのか。断罪するのか。
それは俺の自己満足にしかならない、この世界ではクソみたいな道徳観と正義感だ。
俺は肩を竦め、ドラゴンベインを動かす。
やがて大きな鉄の橋が見えてきた。
――天部鉄魔橋。アクシード四天王の一人、コックローチが占拠していた橋だ。今は解放されている。
その橋の上には商人たちが動かすトラックの姿も見えた。天部鉄魔橋の先にあるサンライスの街と交易をしている商団かもしれない。商団のいくつかには、ちらほらと護衛らしきクロウズの姿も見える。
街中を走るのと同じようにドラゴンベインの速度を落とし、ゆっくりと橋を渡っていく。すれ違う商団の護衛が少し警戒した様子でこちらを見ている。クルマの三台編成が珍しいのかもしれない。
「おい、あのクルマ、あの女――噂のクロウズじゃあないか」
「二人組と聞いていたが、三人目を入れたのか」
「噂だと――」
商団の護衛たちがそんなことを言っている。
噂?
『どんな噂だろうな』
『ふふん。服を脱ぐのが好きだってことでしょ』
『俺の相棒はいつから、そんなユーモアに溢れるようになったんだ』
『さあ?』
俺はセラフの言葉に大きなため息を吐く。
何事もなく天部鉄魔橋を渡る。
『ふふん。もうすぐね。最前線にもっとも近い街、サンライスはすぐそこよ』
『ん?』
俺はセラフの言葉に違和感を覚える。
最前線。
もっとも近い。
……。
そういうことか。
何故、俺は疑問に思わなかった。
ここに来てから、それに気付くのか。
『あらあら、どうしたのかしら』
『最前線にもっとも近い街? それはノア――絶対防衛都市ノアじゃなかったのか?』
『あら? 私はそんなことを言ったかしら』
セラフは何処かとぼけた――誤魔化すような感じでそんなことを言っている。
サンライスの街が最前線にもっとも近い?
そうなると絶対防衛都市ノアはどうなる?
人と機械の戦い。そのもっとも激しい場所が最前線。そこにもっとも近い街がサンライス。その先にある街が絶対防衛都市ノア。つまり、その渦中だということか。
……絶対防衛都市ノアに行く時は大変そうだ。




