369 時代の風03――『これはこれでこういう問題が起きるのか』
ドラゴンベインの簡易修理を終え、パンドラが充分に溜まったところでキノクニヤの街を出る。そのドラゴンベインの横にはカスミの動かすグラスホッパー号、セラフの人形が乗ったパニッシャーの姿があった。
……人形。
そう、人形だ。
それは、知らなければ人としか思えない動く人型の機械。
自重しないことにしたセラフは、キノクニヤのオフィスからちゃっかりと人形を拝借していた。
『ふふん。私自身が戦えた方が便利でしょ』
『確かにな』
セラフが操る人形がどの程度戦えるか少し不安だが、戦力が増えて困ることはない。俺とカスミ――二人に対してクルマは三台。三台目のクルマが空いてしまう。遠隔操作で動かすことは出来るが、それではどうやっても無人になってしまう。クルマを無人にすれば、余計な面倒事が起こるだろう。無人だと思われれば盗もうとする連中や壊して部品を取ろうとする馬鹿が出てくるかも知れない。他にも色々と問題はある。それらの問題が解決するというなら、置物代わりだとしても充分に役立つことだろう。
『あらあら! 置物? ふふん。そこまで言うなら試してみる?』
『貴重な人形を壊してもいいなら、俺は構わない』
『あらあら、あらあら!』
セラフは随分と自信がありそうだ。それはそうだろう。自信が有るのは分かる。
『ああ、そうだな。そこら辺の有象無象よりは、セラフ、お前の方が優秀だろうよ』
精密で的確な動き、状況判断、セラフは有能すぎるくらい有能だ。並の人より優れている点は多い。蓄えられていた情報から格闘技に関する知識は豊富に得ているだろう。オフィスが収集していたであろうクロウズの戦闘データから的確に正解の動きを選び、戦うことだって出来るだろう。並以上? そこらのクロウズと比べるなら、上から数えた方が早いくらいだろう。人を越えた反応速度だけでも脅威になるはずだ。
だが、生の経験が足りていない。ミメラスプレンデンスやコックローチなどの人を超えた人外の連中には通じない可能性が高い。
『あらあら、随分と上からじゃない。お馬鹿のお前を私がどれだけ手助けしているか分からないのかしら』
『……その時は俺が協力するという話さ』
俺とセラフが手を組めば――まぁ、殆どのことは何とかなるだろう。
『まずはハルカナだな』
『ふふん、そうね』
あのユメジロウのじいさんに会うのは正直に言えば、あまり気が進まない。だが、ヤツには貸しがある。この機会にそれを返して貰うとしよう。
砂漠を北上し、ビッグマウンテンが見えてきたところで右折する。ビッグマウンテンを左手にしばらく走ればハルカナの街だ。
『まずはオフィスか』
『ふふん。オフィスに行っても無駄でしょ』
ハルカナはセラフの支配下にある。今更、オフィスに行く必要は無いのだろう。
だが、
『俺の足跡を残しておくべきだろう?』
『ふふん。そんなこと? そう、情報を操作することも出来るのに? 無駄でしょ』
『ああ、そうかもな。だが、人の目は何処にあるか分からない。いくら自重しないと言っても怪しまれることはするべきじゃないだろう?』
『はいはい、そうね』
白いコンクリートの建物が並ぶ街中を進むと、やがて円形の変わった建物が見えてきた。ここがハルカナの街のオフィスだ。
その駐車場でドラゴンベインを駐める。
「カスミ、行ってくる」
「はい、クルマは見ておきます」
「ふふん、任せなさい」
カスミとセラフの人形が答える。
……。
ん?
駐車場に屯って居たクロウズたちが、こちらに嫌な視線を送ってくる。
『敵意? いや、違うな』
そのクロウズたちを、俺は無言で睨み付け、威圧する。すぐにクロウズたちは目を逸らす。
『なんのつもりなんだ?』
『ふふん。優秀な仲間が居ることに嫉妬しているんでしょ』
……。
そういうことか。
俺は思わずため息が出そうになる。
そうか、傍から見れば女二人を連れた餓鬼か。あの、ここで会ったウルフのクソ野郎と同じ構図だ。一人は人造人間、一人は自作自演の人形だが、知らなければ、そんなことは分からないだろう。カスミも、セラフの人形も、整った容姿をしている。しかもクルマを三台か。嫉妬されるには充分だ。
『ふふん。こういうのハーレムパーティと言っているらしいじゃない』
『お前は、そういう知識を何処から持ってきているんだ?』
『あら? 私、何か言っちゃいましたかぁ』
俺はセラフのこちらを馬鹿にしたような言葉に肩を竦める。
オフィスに入り、窓口に向かう。
「あら! 凄腕のガムさん! オークションにご参加ですか?」
窓口の人造人間が周囲に聞こえるような声でわざとらしい言葉をかけてくる。
『これはお前の指示じゃないよな?』
『そういうルーチンになっているってだけ』
俺は小さくため息を吐く。
「この左腕の機械の腕を修理したい。修理屋を紹介して貰えないか?」
俺の言葉に窓口の人造人間が頭を下げる。
「申し訳ありません。その状態ですと、買い換えをお勧めします」
どうやらオフィスの伝手は使えないようだ。
俺は窓口の職員に礼を言って、オフィスから出る。
『ふふん。だから無駄だって言ったでしょ』
『無駄な行動をしたという姿が大事なのさ』
……ん?
と、クルマを駐めていた辺りが何か騒がしくなっている。
『セラフ、何があった?』
『ふふん、見れば分かるでしょ』
セラフは楽しそうに笑っている。どうやらたいしたことではないようだ。
「なぁ、俺たちと組まないか」
「あんな餓鬼よりよぉ、俺たちの方が満足させられるぜ」
俺は聞こえてきた言葉に大きくため息を吐く。
カスミとセラフの人形が二人の男に絡まれている。
『これはこれでこういう問題が起きるのか』
カスミもセラフの人形も二人の男たちを無視している。居ないものとして扱っている感じだ。
「おい、無視するんじゃねえよ」
「俺はクロウズランクが二桁を越えているんだぜ。これでクルマがありゃあ……」
俺は男たちの方へ歩いて行く。
「誰が餓鬼だ?」
そして声をかける。
男たちが慌てて振り替り、
「ひっ、ガムだ」
「な、なんでもねえよ」
それだけ言うと慌てて逃げ出した。
……。
『何がしたかったんだ?』
『さあ?』
そういえばキノクニヤでも似たようなことが起こっていた。
また他の場所でも起きる可能性は、ある、か。あるだろうな。
……ため息しか出ない。
俺はドラゴンベインを走らせ洗車場へ向かう。
そこではユメジロウのじいさんが待っていた。俺がハルカナに帰ってきたことを知っていたのだろう。
「百コイルだぁ! ひっひっひ、払えるかぁ」
俺はじいさんの妄言を聞きながら、ドラゴンベインのハッチを開け、顔を出す。
「じいさん、左腕の修理を頼みたい。例の修理屋は居るか?」
「おらん」
ユメジロウのじいさんが首を横に振る。
「居ない? どういうことだ?」
2022年10月9日修正
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