368 時代の風02――『セラフ、お前のおかげだぞ』
焼いたハンザケを喰らう。
はふはふはふ。
味は……美味しい。普通に美味しい。いや、かなり美味しい。超巨大だから味も大味かと思えば、意外や意外、獣肉のような臭みもなく、上品で繊細な白身魚を食べているような感じだ。それでいて、じゅわっと口の中に広がるしっかりとした旨みもある。魚と肉の良いところを合わせたような感じだ。
「これも食べてみてくれよ。うんめえぞ。是非、凄腕のあんたに食べて貰いてぇんだ」
チョーチン一家の荒くれの一人がそう言って持ってきたのは真っ白な脂の塊だった。しかも生だ。
「おいおい、それは脂の塊だろう? 食べられるのか?」
俺が今まで遭遇した、こちらに襲いかかってくるような食材のことを考えれば、まだ普通に食べられる形をしているだけマシかもしれない。
だが、脂の塊だ。しかも生だ。
二回でも三回でも言うが、生だ。生の脂だ。
「そう言わずに、うんめぇんだからよ。すっげぇ、貴重で、すっげぇお高い部位なんだぜ。凄腕のあんただから、一番に食って貰いてぇんだ」
真っ白な脂の塊を運んできたチョーチン一家の荒くれはそんなことを言っている。
俺は、とりあえず荒くれが運んできた真っ白な脂の塊を手で掴み、それを一気に口に含む。
ん?
脂が口の中でじゅわじゅわと溶ける。広がる濃厚な旨み。甘く、濃く、なのにしつこくない。口の中で蕩ける味わい。濃厚でクリーミー、なのにしつこさのない上品な旨み。脂を食っているだけなのに、この美味さ。脂の塊なのにあっさり風味なのは驚きだ。
脂の塊、か。そう脂の塊なのだ。カロリーは凄いだろう。背徳感すら感じてしまうほどのカロリーモンスターだ。だが、これはそれを無視しても食べる価値があるだろう。
美味いな。
本当に美味しい。
「お主には世話になった」
上機嫌な鬼灯が酒を片手にやって来る。さっきまで死にかけていたとは思えない元気さだ。
「ああ。後はオフィスがなんとかしてくれるだろう」
俺の言葉を聞いて鬼灯は超巨大なハンザケの死骸を見る。その超巨大なハンザケの死骸の周囲には通常サイズのハンザケの死骸がいくつも転がっている。ハンザケの死骸の山だ。千匹近くも居たのだから当然だろう。だが、その後片付けはオフィスがやってくれるはずだ。
「それもだが……我らの悩みを終えてくれたことだ」
鬼灯が俺を見る。その顔はミュータントの病に発症した名残として多くの皺が刻まれていた。
「それも後はオフィスがなんとかしてくれるさ」
俺の言葉に鬼灯が頷く。セラフの指導の下、ミュータントの治療薬が造られるだろう。
「お主は我らの諍いも納めてくれた。お主がもたらしてくれたものは大きい。本当に凄腕よ」
鬼灯は見ている。笑い合い、肩を組んで酒を飲み、肉を喰らうチョーチン一家の荒くれとクロウズたち――中にはリバーサイドの連中も居るだろう、そんな連中を見ている。
連中は笑い合い、飲み、食い、騒ぎ、随分と楽しそうだ。
これが俺がもたらしたもの、か。これは俺が狙っていたことでは無い。こうなることを望んでいた訳でもない。
結果、そうなっただけだ。
そして、この結果が手に入ったのはセラフが協力してくれたからだ。オフィスの裏事情を全て把握し、掌握しているセラフが居たからこそ、だ。
『セラフ、お前のおかげだぞ』
セラフ、そろそろ少しは喋ろ。
……。
『セラフ、お前のおかげだぞ』
俺はもう一度、同じことを告げる。
……。
……。
『……ふふん』
セラフは何処か照れたような笑い声が返ってくる。人工知能らしくない反応だ。
『セラフ、あの筋肉だるまは、まず間違いなくマザーノルンの関係者だろう? 分かっていたことのはずだ。もう隠さず、ここからは攻めると決めたんだから、マザーノルンの関係者がこちらを捕捉して動いてくることは予想出来たはずだ。そうだろう?』
『ふふん。そんなことは分かりきっていたことだから。そんなことで私が悩んでいたとでも思っているの? 私が考えていたのはこれからの行動よ。お馬鹿さんのお前には分からないでしょうけどね』
悩み、ね。人工知能にも悩みくらいはあるんだろうな。
「それでガムよ、この後はどうするつもりだ? お主のような凄腕が街に残れば心強いことだが……」
俺は鬼灯の言葉の途中で首を横に振る。
「約束があってね。まだその途中なのさ」
セラフとの約束。マザーノルンの打倒。
それに、だ。
俺は左腕を見る。機械の腕九頭竜は綺麗に斬り裂かれ動かなくなっている。
「この左腕の修理も必要だからな」
俺の言葉に鬼灯は微妙な顔をする。俺の機械の腕九頭竜を壊した当事者だからだろう。
「その左腕……」
俺は鬼灯の言葉に再び首を横に振る。
「気にしないでくれ。戦いの結果だ。壊したのは自分が未熟だからだ。そうだろう? だが、少しでも申し訳ないと思うなら、弁償代くらいは出してくれ」
俺の言葉に鬼灯が笑う。
「くくく、くーはっはっはっは、当然よ。修理代はこちらで持とう。それとは別に今回の報酬も受け取ってくれ」
「ああ。貰えるものは遠慮無く貰うさ」
鬼灯がこちらに握った拳を伸ばす。俺はその拳を殴り返す。
「その腕、直すアテはあるのか?」
「ああ、一応な。ハルカナに技師がいる。そこで聞いてみるさ」
次の目的地はハルカナ。そして修理が終わった後はサンライスの街、そして絶対防衛都市ノア――残りの二つだ。
終わりは近い。




