036 クロウズ試験03――突入
「俺が一番かよ。武器を一番に取ってしまったばかりになぁ。これは困った、困った」
「は、鬱陶しいんだよ。そんなに困るならこっちに順番をまわせよ」
まったく困ってなさそうな顔でガタイの良いおっさんが笑いながらドレッドへアーの女の言葉を聞き流している。そして、そのまま短機関銃を両手に構え、壊れた壁の穴から工場跡へ入っていく。
五分待ち、続いて卵形の銃と長い棒を手に持ち、肩に狙撃銃を提げたドレッドへアーの女がブツブツと呟きながら工場跡に入る。ガタイの良いおっさんと鉢合わせしないように考えたのか、壊れた壁の穴からではなく、いくつも並んでいる割れた窓から侵入していた。
と、次の順番を待っている間にフードで顔を隠した男が俺の方へと近寄ってきた。次はコイツだよな? 何の用だ?
「今のこの荒廃した世界を救うために、この私の力が重要になってきます。弱き者、私にあなたが手にするはずだった力と糧を差し出しなさい。それが世界を救うための礎になるのです」
そして、そんな面白いことをのたまった。この男、武器と食料を寄こせとは随分と強欲だ。
俺は無言で肩を竦め、試験官らしき男の方を見る。
「こちらは関与しない」
そういうことらしい。当事者同士の話し合いで頑張ってくれということか。
俺は改めてフードで顔を隠した男の方へ向き直る。
「断る」
「あなたは世界を救うための礎となる栄誉を手放したことになるのですよ」
俺はもう一度肩を竦める。
「どうしてもプレゼントが欲しいならお誕生日にママに頼むといい」
「その言葉、覚えておきなさい!」
フードで顔を隠した男がそんな捨て台詞を残して俺から離れる。随分とありきたりでつまらない捨て台詞だ。
そのフードの男も試験官らしき者の指示で工場跡に突入する。
次は怯えたようにガクガクと震えた男で、その次が俺か。
工場跡に巣くっている敵を倒せばボーナスが出る。その敵の数は限られている。食料は一日分。武器も、そのエネルギーも限られている。ここだけを見れば、このクロウズ試験の参加者たちで争えと言っているかのようだ。実際、最初に突入したガタイの良いおっさんや次に突入したドレッドへアーの女はそう思っただろう。早く突入した方が有利だと思っていたようだから、間違いない。
だが……。
そう、だが、だ。
俺はクロウズのオフィスでちんぴらのような三下のクロウズに絡まれている。そう、あいつも試験を抜けたクロウズだ。おかしいだろう? この試験は、そんな挑戦者同士で殺し合わなければならないような難易度の高い試験か? そんな高難易度の試験を、あのちんぴらが終えている? 違うよな? 殺し合い? 参加者の中に卓越した能力を持ったヤツが混じっていたらどうなる? 皆殺しにされてそいつ一人だけを合格にするのか? クロウズは量より質を求めているような組織なのか?
違うよな。
あのガタイの良いおっさんもドレッドへアーの女も勘違いしている。
この試験、持ち込みは許可されている。食料が一日分? 武器が限られている? オフィスの連中が用意したものをアテにして準備を怠ったヤツが悪い。そうだろう。あのおっさんたちはそこから間違っている。
この試験の目的は挑戦者同士で争うことではないはずだ。逆に、そういったヤツを排除しようとしている気すらする。
弱いヤツは弱いヤツ同士で協力を――それがこの試験攻略の鍵なのだろう。ま、その必要が無いヤツなら勝手に生き延びて勝手にクロウズになるだろうしな。
『ふふふん。馬鹿が馬鹿なりに無駄に考えてるぅ』
『俺は臆病だからよく考えて慎重に行動するのさ』
心の中でも肩を竦めておく。
「次、お前だ」
どうやら俺の順番が回ってきたようだ。考え込んでいる間に震えていた男も工場跡に突入していたようだ。
さて、と。
俺は改めて工場跡を見る。
コンクリートで作られた巨大な四角い箱だ。奥までが三百メートルくらい、幅は百メートルくらい高さは三階層くらいか? ……そんな横長の箱だ。
下の階層は砂に埋もれ、本来の入り口は見えなくなっている。だが、侵入するだけなら崩れた壁、並んでいる割れた窓、その何処からでも簡単に入り込めるだろう。そして、ここから見えている三階――屋上部分には大きくAYOと文字が描かれていた。多分、この工場の名前なのだろう。
AYO工場か。俺の記憶に小さな引っかかりを覚える。もしかすると、俺は昔この近くに住んでいたのかもしれない。俺は昔のこの工場を知っているのかもしれない。
俺は首を横に振る。今はそんなことを考えている場合じゃないな。
……。
侵入する場所は重要だ。
工場の中に入ってすぐ、先行した連中に襲撃されてはたまったものではない。ヤツらが待ち構えていると思って突入するべきだ。
『ふふふん。私なら潜伏している連中の居場所を表示できるけどぉ?』
なるほど。確かにセラフの能力ならそれが可能だろう。だが、ここでコイツに借りを作ってしまうと後でどれだけ取り立てられるか分かったものではない。無視しよう。
『はぁ? 馬鹿なの?』
『賢いから断るんだよ』
『はぁ! 馬鹿なの! こうなったら……』
俺の右目に地図と赤い光点が表示される。コイツ、無理矢理表示しやがった。
って、ん?
赤い光点が思っていたよりもかなり多い。数百? いや、もしかすると千単位か? うじゃうじゃと蠢いている。かなりの数だ。そして、その殆どが、この入り口の窓から離れている。
どういうことだ?
てっきり待ち構えていると思っていたが……俺の予想が外れたのか?
『ふふふん。手に入れた玩具が思っていたよりも高性能で楽しくなってるんでしょ』
なるほど。敵を狩って、ボーナスを貰うことを優先したのか。
「どうした。早く進め。それともここでリタイアか」
と、そうだ。考え込んでいる場合じゃない。
よし、このまま侵入しよう。
工場跡というくらいだから、いくつか乾電池は転がっているだろう。まずはそれらを探して少しでもお金を稼ぐか。




