358 おにのめにも42――「五百ずつでもいいだろ?」
「何を、そんなこと、あるはずが……」
俺はまだ何か言おうとしている猫目の修道女の前に拳を落とす。
「ひゃあ!」
「だらだらと喋っている時間が無いんでね。お前が信じる信じないは、今はどうでも良い。協力するのかしないのか決めてくれ」
「ふ、ふぅ。そ、そんな話を信じるとでも?」
猫目の修道女は呼吸を整え、落ち着いたところで、そんなことを言いだした。まだ、そんなことが言えるくらい元気なようだ。
「分からないな。そんなに頭が固くて、頭の回転の鈍い奴が上に立てるんだ? 俺が嘘を吐いて、俺に何の得がある? お前を殺さなかった理由を考えないのか?」
俺は拳を持ち上げ、ため息を吐く。
『オフィスと敵対している組織にしてはお粗末過ぎだろう。どういうことだ?』
『ふふん。人手が足りてないんでしょ』
俺は肩を竦め、その場を離れる。猫目の修道女は、捨て台詞のように色々と喚いていたようだが、今の俺には関係が無いことだ。
この後、どうするかは、こいつらが決めることだ。
戦う気なら、俺達を追いかけてくるはずだ。
俺は孤児院から外に出て、ドラゴンベインに乗り込む。ドラゴンベインのパンドラ残量は減ったままだが、それだけだ。動作に問題無い。俺が孤児院に居る間に攻撃を仕掛けるような馬鹿はいなかったようだ。その時は、クルマを遠隔操作したセラフが、お仕置きをしただろう。
『そういえば一つ気になったことがあったんだが、良いか?』
『ふふん。何かしら?』
『さっきの女、まるで本物の修道女のように、主だ、なんだと言っていたが、あいつが崇めているものは何だと思う?』
悪魔や邪神なんかを崇拝していてもおかしくない雰囲気だったが、この世界だとやはりマザーノルンだろうか。この世界では機械が邪悪な悪魔の代わりだ。
俺はドラゴンベインを動かし、オフィスまで戻る。
そこには未だに多くの人の姿があった。チョーチン一家はまだお家に帰らないらしい。それとも鬼灯と一緒に帰ろうと思って、鬼灯が動けるようになるのを待っているのだろうか。
……。
その集まっているチョーチン一家たちが騒いでいる。よく見れば、オフィスの中で見かけた連中も一緒になって騒いでいた。仲良くなった訳ではないだろうが、一緒になって騒いでいるのは微笑ましい姿だ。
『それで、何があったんだ?』
『ふふん。オフィスを経由してクロウズたちに教えただけだから』
セラフは楽しそうに笑っている。教えたのは特効薬が出来たことではないだろう。それならこんな騒ぎにならないはずだ。ミュータント連中の殆どは、自分が爆弾を抱えていることを知らない。だから、それを告げられたとしても困惑するだけのはずだ。こんな風に騒がないだろう。
となれば、セラフがオフィスを経由して、ここの連中に告げたのは――ここに千匹近い巨大蜥蜴が迫っているということだろう。
「ガムさん、無事でしたか」
と、そこにカスミがやって来る。俺が無事なのはセラフ経由で知っているはずだ。となれば、これはここに集まっている連中に向けたアピールでしかないだろう。
カスミが一緒に並走してきたグラスホッパー号に乗り込む。
[ノルマは一人百くらいですか?]
カスミからの通信が入る。百というのは、チョーチン一家とクロウズの連中を頭に入れた数なのだろう。
「五百ずつでもいいだろ?」
俺がそういうとカスミはクスクスと笑っていた。こいつらがどれだけの戦力になるか分からない。アテにせず自分たちでなんとかするつもりで戦った方が良いだろう。
さて、と。
俺はドラゴンベインを動かし、ハンザケがやって来る場所へと向かう。
防衛だ。防衛戦だが、殲滅戦でもある。
『このキノクニヤを防衛する設備とかはないのか?』
『ふふん、あると思う?』
俺はため息を吐く。
このキノクニヤには、夜の闇を否定する下品なネオンと、無数にぶら下がった提灯しか無い。
『ふふん。それでもオフィスにはあるから』
俺はセラフの言葉にもう一度ため息を吐く。オフィスだけは無事だと言っていた理由がそれか。オフィスには防衛装置が、ある、と。ハンザケが千匹ほどやって来ても耐えられるような設備なのだろう。
オフィスが最終防衛ラインになるのは間違いなさそうだ。
俺は待つ。
やがて砂漠の向こうに大きな土埃が見えてくる。ハンザケの集団だろう。
さすがは千匹だ。連中はただ移動しているだけなのに、地面が揺れ、大きな震動と音がこちらまで伝わってくる。
この数……勝てるか?
いや、勝たなければ駄目だろう。




