357 おにのめにも41――「さて、次の用件だ」
「まったく何を言っているんでしょうね。今のあなたの状況が分かっているんでしょうか。ねえ? 全裸のガムさん」
猫目の修道女が刃物のように鋭く伸びた爪をハサミのように動かし、カチカチとこちらを威嚇するように音を鳴らしている。
「せっかく着替えたばかりの服が穴だらけだ」
「再生薬を飲んでいたのでしょうか。それとも再生能力に自信がおありな感じですか、全裸のガムさん」
猫目の修道女はニヤニヤと笑っている。
俺は大きくため息を吐く。
「これで五回目だな。最初の一回はわざとじゃないだろうから大目に見るとして……四回で勘弁してやるよ」
「何を言っているんでしょうね。ここから……」
猫目の修道女がまだ何かを言おうとしていたが、俺はそれを無視し、動く。
目の前の敵を蹴り飛ばす。そいつは俺に蹴り飛ばされながらも振り返り、こちらへ銃口を向ける。
『こいつ自身も散々銃弾を浴びただろうに元気だな』
『ふふん。痛覚が無いんでしょ』
『なるほどな』
残る二人も銃口をこちらに向けている。そのどれもが俺の急所を狙っている。
脳、心臓――狙いが分かっていれば対処は簡単だ。俺は躱すのではなく、そのまま踏み込む。致命傷にならないよう、体を動かし、ヒットポイントをずらし、銃弾をあえて喰らう。攻撃を躱し、仕切り直し、戦闘を長引かせるよりも、今は多少強引でも攻める。肉を切らせて骨を断つ、だ。
銃弾が俺の頬と肺を貫通する。この程度なら俺の動きを止めることは出来ない。
目の前の敵――三人の銃持ち。俺は指を折り曲げた状態でコツンとその一人――そいつの体に触れる。まるで機械だ。触れた感触が機械に勁を通した時のように硬い。だが、全てを機械に変えた訳では無いようだ。内臓の反応がある。
ならば、通る。
俺は触れていた手を握り込み、拳を作り、そのまま突く。相手の内臓を揺らす。目の前の銃持ちが、うっと体を屈め、口から白い液体を吐き出しながら倒れ込む。
『ふふん、相変わらず魔法みたいね』
『魔法? 技術だ』
すでに俺の体は動いている。次の銃持ちへと踏み込み、下から顎へと振り抜くように掌底を放つ。俺の攻撃よりも早く銃持ちが放った銃弾が俺の腹を貫通する。右腕一本しか無い分、俺の行動は一歩遅れる。だから、相手から攻撃を受けるのは許容する。脳や心臓などに攻撃を受ければ、さすがに俺も動けなくなるだろう。だが、そういった致命傷になる部位以外は気にしないことにする。俺は腹に受けた銃弾の痛みを無視し、掌底を振り抜く。その一撃で脳を揺らされた銃持ちが、ぐりんと白目を剥いて倒れる。
最後の一人。俺が突き飛ばし、振り返りながら俺に攻撃をしてきた個体。無理な体勢で攻撃をしようとしたからか、そいつは仰向けに倒れている。そいつの顎を蹴り飛ばし、銃を持った手を踏み潰す。その過程で俺は足と腕に銃弾を受ける。だが、たいしたことじゃない。許容範囲だ。
これで三人の銃持ちの制圧は完了だ。体内のナノマシーンを活性化させて傷を塞ぐ。そうやって傷を塞いだとしても痛みは残るが、これも生きている証だ。我慢し、許容する。
『一瞬ね』
『攻撃を受けることを許容して、このナノマシーンで構成された体で力押しをすればこれくらいはな』
この体だから出来たことだ。結局、俺の技術だけでは足りなかった。俺的には、あまり面白くない結果だ。だが、今は時間の方が大事だ。
俺は猫目の修道女を見る。猫目の修道女は目を大きく見開き、驚いている。
遅い。
猫目の修道女へと跳ぶ。猫目の修道女が身を守るように慌てて長く伸びた爪を構える。俺はその左手を取り、左腕を脇に抱え、折る。猫目の修道女の左腕が肘から逆方向へと折り曲がる。
「ぎにゃあ」
「まずは一つ」
猫目の修道女の足を払う。不意を突かれたからか、猫目の修道女はあっさりと転ぶ。
「にゃう」
「二つ」
猫目の修道女が慌てて起き上がろうと右手を床につける。その手を蹴り払い、掴み、腕を伸ばすように固め、肩を外す。
「にゃがあああ」
「これで三つか」
俺は屈み、痛みに転がっている猫目の修道女を見る。
「この程度で泣き叫ぶのか。人に死を強制する割りには覚悟が決まってないな」
「にゃ、にゃひを……」
猫目の修道女は痛みでまともに喋れないのか、漫画に出てくるあざとい猫獣人みたいな喋り方になっている。
俺はそんな猫目の獣人の動かない指を取り、そのままへし折る。
「これで四つ。今は本当に時間が無いから、これで勘弁しよう」
猫目の修道女が折れた指を見て声にならない悲鳴を上げている。
さて。
「それでは改めて俺の用件を言うぞ。豚鼻のクロウズに頼まれて、シンのクルマを返しに来た。不要なら俺が貰う。さあ、どうする?」
「にゃ、にゃひを言って……」
猫目の修道女は俺の言っていることが分からないのか、怯えた目でこちらを見るだけだ。
「分かった。不要だと判断する。シンのクルマは俺が貰おう」
豚鼻が俺をリバーサイドへ送った理由。もしかするとあいつはリバーサイドがシンにつけた監視役だったのかもしれない。そう考えれば、あの時、シンが豚鼻を攻撃した理由も分かる。まあ、色々と複雑な関係だったのかもしれないが、もうどうでも良いことだ。
とにかくこれで依頼は終わりだ。
「さて、次の用件だ」
「は、はひ……」
猫目の修道女は信じられないものでも見たような顔でこちらを見ている。この女は指揮官役ではあるが、戦闘要員ではないのだろう。だから、こんなにも覚悟が決まってない。極まっていない。
「ここに千匹近い巨大蜥蜴――ハンザケの集団が迫っている。その迎撃に協力して貰いたい」
「へ? え?」
俺がこいつらを殺さなかった理由。俺一人で対処するには千匹は多すぎる。チョーチン一家に協力させても難しいだろう。こいつらとオフィスに残ったクロウズも手伝わせる必要がある。
「ああ、それとミュータントの件な。もう少しで特効薬が出来るぞ」
猫目の修道女は、ショックを受け痛みを忘れたのか、間抜けな顔でぽかーんと俺を見ていた。




