356 おにのめにも40――「なかなか面白い話だ」
「全裸のガムさん、随分と余裕ですね」
猫目の修道女が、その特徴的な目を細めニヤリと笑っている。
俺は肩を竦める。
「全裸のガムさんは態度だけは大物ですね。あらあ、動かない方が良いですよ。あなたのその義手は壊れているようですし、この状況から素手でなんとかは出来ないでしょう?」
俺はため息を吐く。
この猫目の修道女は大きな勘違いをしているようだ。
何故、素手で戦えないと思っているのか。
この時代、この世界、パンドラという不思議なエネルギーがあり、銃火器がありふれた世界で、クルマとヨロイといった超兵器が存在している世界だ。そりゃあ、己の体を武器として戦うのは頭のおかしい狂人だけだろう。だが、分銅のようなものを振り回したコックローチ、ナイフで戦っていたミメラスプレンデンスといった人という枠を越えた異常な奴らや、そいつらとは格がかなりおちるが、刀で戦っていたドラゴンフライ――そんな近接距離で戦う奴らは存在している。
……。
ああ、そのどいつもが賞金首で狂人なんだから、例外とするのは当然か。それに、そいつらも武器は使っている。武器を使っている。
素手ではない。
だから、俺の武器を左の義手だと――だけだと思い込んだのか。
ふぅ。
俺は小さく息を吐く。
確かに、俺の格闘という技術は機械との相性が悪い。だが、人であるなら――生物なら、俺の技は通じる。全身を機械に変えていようと、そこに生身の脳があるなら、内臓があるなら、俺の技は通る。
「俺の力が義手だけだと思っているのか?」
「まさか!」
俺の言葉に猫目の修道女はわざとらしく驚いた振りをする。
「あなたにミュータント能力があることは知ってますよ。犬系の獣因子が組み込まれているんでしょう?」
俺は猫目の修道女の言葉に少しだけ驚く。俺の情報が収集されている? 何処かで漏れたのか?
……いや、違うな。狙撃手、か。俺は部分的に人狼化した姿を見せている。それで知られてしまっただけだろう。
「それで?」
「一つ忠告しておきますね。あなたはご存じないようですが、ミュータント能力を使い続けると痛い目に遭いますよ。ヒントは、回数と年齢ですね」
猫目の修道女はニタニタと笑っている。
なるほど。
この女は俺の人狼化をミュータントの能力だと思っているようだ。
そして、
『爆弾が発症する条件を把握しているようだな。セラフ、お前より有能なんじゃないか?』
『あらあら、あらあらあら!』
後は爆弾の起動キーかキーワードみたいなものがあるのだろう。だが、それは失われているはずだ。でなければ、ノルンの端末は巨大蜥蜴に街を襲わせるなんていう回りくどい方法をとらず、そのキーを使って逆らったミュータントたちを粛正していたはずだ。
「なかなか面白い話だ」
俺はそう口にしながら、目の前の机を猫目の修道女へと蹴り飛ばし、背後の三人へと振り返る。
放たれる銃弾。俺はとっさに右手で頭を守る。銃弾が右の手のひらを貫通する。俺はとっさ頭を動かす。俺の頬を銃弾が掠める。腹部と胸部に衝撃。腹と心臓を狙って銃弾が撃ち込まれたのだろう。だが、なんとか急所は回避している。
痛みはあるが動ける。体を構成しているナノマシーンを動かし、銃弾を排出して傷をなかったものにする。
そして、俺はすぐに右の奴の背後へ回り込み、右腕で首を押さえ、盾にする。
「人質にするつもりですか? 無駄ですよ」
蹴り飛ばした机が三つに分かれ、その向こうから猫目の修道女が姿を現す。そして、再び銃弾が撃ち込まれる。盾にした奴の体を貫通し、俺の体に銃弾が撃ち込まれる。
くっ。
思わず口から血がこぼれ落ちる。痛みと衝撃。ナノマシーンが危険を感じ、防御反応が怒る。俺の体を人狼化させ、肉体の再生を行おうとする。だが、俺はそれを無理矢理停止させる。
今はまだその時ではない。
人を貫通するほどの威力――なかなかに厄介だ。だが、もっと厄介なのは、躊躇なく味方に銃弾が撃ち込める神経だろう。そして、先ほどはわざと俺の体内に銃弾が残るように撃ち込んでいた。そんな嫌らしい技術も持っている。
「盾にした俺が言うのも何だが、仲間の命は大切にしろよ」
「どうせ長く生きられないのですから、それなら主のために役に立つ方が救いとなるでしょう?」
鋭い爪を伸ばした猫目の修道女がそんなことを言っている。その爪がこの猫目の修道女のミュータント能力とやらだろうか。斬り裂く爪、か。ある意味、ミュータントらしい能力だ。
そして、その言葉。
なるほど。
知っているからこその判断か。
だから、命を軽く見るのか。
『ふふん。のんきに会話しているみたいだけど、そろそろタイムリミットだから』
俺はセラフの言葉にため息を吐きそうになる。セラフの言葉で俺は察してしまった。
『お前の方でなんとか出来ないのか?』
『出来たらやっていると思わないのかしら? やっぱり馬鹿なの? 間に合わなくなっても良いのかしら。まぁ、それでもとりあえずオフィスは無事でしょうけどね』
『ノルンの端末の仕掛けた通りに、か』
俺はお手上げと言わんばかりに盾にしていた奴を解放する。
「あらあ? 降参するつもりですか? それが許されると思っているんですか?」
猫目の修道女は相変わらずニタニタと笑っている。そのうち手の爪をペロリと舐めるとかやりそうだ。
「違うな。お前らとのお遊びに付き合う時間が無くなったからだ」
そう、こいつらと遊んでいる場合じゃあない。
『セラフ、数は?』
『約千ね。正確には988かしら』
『それがノルンの端末が用意した数か』
馬鹿げた数を用意したものだ。
いや、それだけの数が必要だと思ったのだろう。それだけの数があれば可能だと思ったのだろう。
約千匹の巨大な蜥蜴――ハンザケがこの街を狙って進行している。今、この瞬間にも、だ。




