355 おにのめにも39――「かくれんぼは終わりか」
「シン? クルマ?」
猫目の修道女が首を傾げている。どうもこの女はシンのことを知らないようだ。シンはこの孤児院の出身で間違いないはずだ。
この女は随分と若く見える。もしかするとシンがリバーサイドに居た頃とこの猫目の女はかぶっていないのかもしれない。それとも知らない振りをしているのだろうか。
そもそもこの猫目の修道女は、ここで、どんな立場なのだろうか。孤児たちを管理している側なのだろうか。
リバーサイドは元々、ノルンの端末が用意した孤児を戦士に育てる育成機関だったはずだ。だが、今はその手を離れている。
『微妙なところだな』
『ふふん』
俺は改めて猫目の修道女を見る。若い。十代くらいにしか見えない。背の高さは160もないくらいか。男も女も体の大きな奴が多いこの世界では、かなり低めだろう。そして、一番気になるところは、この女が人造人間ではなくミュータントだということだ。
そう、ミュータントだ。
『そもそも自然発生したミュータントは居なかったのか?』
俺は気になったことをセラフに聞いてみる。
『ふふん。馬鹿なの? そりゃあ居るに決まってるでしょ』
セラフの言葉から俺は理解する。居るが、数は少ないと言いたいのだろう。自然発生したミュータントの数が少ないのは突然変異なのだから、当然だ。何人も、何十人も、いや、何千人もが、突然、異形に変異する? あり得ない。人工的に造り出さなければ街をつくるほどのミュータントは生まれない。人工的に造ったものを突然変異体と呼んでも良いのか疑問は残るが、そこはまぁいいだろう。
『ふふん。この女は第二世代か、もしかすると第三世代かもしれないわね』
ミュータントとして完成するまでに何世代も積み重ねてきただろうから、セラフが言っているのは完成してからの――このキノクニヤに集まってから何世代目か、ということだろう。
『代を重ねてもミュータントが抱えている爆弾は消えないんだよな?』
『ふふん。その程度で消えていたら、管理なんて出来ないでしょ』
この猫目の修道女の肌は綺麗なものだ。爆弾が発症していたとは思えない――発症する前に治療されたのか。それとも爆弾を抱えたままなのか。
「……話を聞きましょう。とりあえず中へ」
猫目の修道女は、俺が通れるように玄関扉の脇へと避ける。
中へどうぞ、か。
狩り場へと俺を誘っているのか。
「どうしました? クルマから降りて中へ」
猫目の修道女は獲物を狙うような目で薄く笑う。クルマから降りることも出来ない臆病者とあざ笑っているのだろうか。
やれやれだ。
俺はドラゴンベインのハッチを開け、外に出る。
狙撃は……無い。
俺はドラゴンベインから飛び降り、薄笑いを浮かべている猫目の修道女の横を通り、教会の中に入る。猫目の修道女が玄関扉を閉める。
中は小さな部屋になっていた。そしてすぐに門のような両開きの扉があった。両開きの扉が自動的に開く。
「こちらです」
猫目の修道女が前に立ち、扉の先へと進む。そこは礼拝堂だった。ここは教会のような建物ではなく、教会だったようだ。
『何を神として何を教えているかは分からないけどな』
きっとろくでもないものだろう。
マザーノルンを神として崇めていても驚かない。
猫目の修道女は礼拝堂を通り抜け、廊下に出る。こちらが、この孤児院の居住区なのだろう。
ここまで誰とも出会わない。だが、確実に何者かが隠れ、こちらの様子を窺っている。姿を隠し、気配を消しているようだが、俺の目は誤魔化せない。
『ふふん。熱源を感知されないように周囲の温度と同じにしているようだし、さらに視覚も光を透過させることで誤魔化しているし、随分と良い装備をしているようね。少し分けてくれないかしら』
『後で頼んでみるか』
『ふふん。そうね。でも、音がしないのはどうしてかしら』
『音がしないのは訓練のたまものだろうな。呼吸音すらしないのは称賛したくなるほどの技術だ』
『あら、お前が褒めるなんて珍しい』
優れた科学と優れた技能の組み合わせだ。称賛しても良いだろう。
だが、俺には分かる。
勘と言っても良いものなのかもしれない。人は人を感じる。それは人の隠された能力なのだろうか。視線を感じるのだ。こちらを見ている何者かが居る。俺にはそれが分かる。
俺はその視線の先をあえて見る。あそことあそこと、あそこか。
全部で三人。
俺が顔を向けたのを偶然だと思っただろうか。いや、ここまで出来る奴らだ。そんな間抜けではないだろう。
俺は肩を竦め、猫目の修道女の後を追う。
「ここでお話ししましょう」
猫目の修道女に案内された部屋に入る。
机と椅子だけが置かれた何も無い部屋だ。これから取り調べでも始まりそうな雰囲気だ。
猫目の修道女が、欠伸を噛み殺しながら椅子に座る。俺も向かいの椅子に座る。
「あら? 立ったままでも良かったんですよ」
猫目の修道女がニタリと笑う。椅子に座ればすぐに動けない。周囲を――攻撃を警戒してすぐに動けるようにしなくても良いのかと言っているのだろう。それだけ連中は余裕だと思っている。追い詰めたと思っているのだろう。
俺は肩を竦める。
「それではもう一度聞きます。こんな夜更けに、こんなただの孤児院に、どういったご用件ですか?」
「用件なら言ったと思うが? もう一度聞きたいのか? 中まで案内したのはそんなことのためか? それならお茶くらいは出して欲しいな」
中まで案内したのは、狩り場へと誘い込み、脅して、俺に本当のことを言わせるためだろう。
だが、俺は本当のことしか言ってない。
「それは困りましたね」
俺の周囲に気配が生まれる。
突如現れた三人が俺を囲み、銃口をこちらへと向ける。先ほどまで隠れていた奴らだろう。
「もう一度聞きます。用件は?」
猫目の修道女が祈るような形で手を組み、俺を見る。
俺はため息を吐く。
「かくれんぼは終わりか」
「今の状況が分からないんですか。それとも、ただの脅しだと思っていますか?」
猫目の修道女はニタァと脅すように笑っている。行灯の油でもなめていそうな顔だ。
「オフィスのマスターを狙った狙撃は良かった。良い腕だ。その狙撃手は元気か? 会ってみたいな」
「あなたのことは知っていますよ。全裸のガム。高額の賞金首ばかりを狙っているらしいですね。その姿も油断を誘ってのものでしょう?」
猫目の修道女が全て分かっていますという感じでニタニタと笑っている。
俺はもう一度ため息を吐く。
「とりあえず全裸呼びは止めろ」




