354 おにのめにも38――「用件は――」
後一発でも喰らえばドラゴンベインのシールドは砕け散り、パンドラの残量はゼロになるだろう。パンドラが無くなれば、クルマはただの棺桶になる。
『いきなり不味い状況だな』
『ふふん。そうね』
ピンチと言えばピンチだろう。
相手はクルマとの戦いに随分と慣れているようだ。パンドラの回復しない夜に、こちらの射程外からの狙撃でシールドを削る。クルマのシールドを削るだけならピンポイントな狙撃は必要が無い。クルマは、ただの大きな的だ。連続射撃が行えた理由――狙撃用の銃を何個か用意していたのもあるだろう。
だが、一番の理由は、狙う必要が――精密射撃を行う必要が無いというのが大きいはずだ。
『超長距離から人を狙えるような奴だ。クルマ全体を覆うシールドの何処を狙っても良いのだから、楽勝だろうな』
すぐに攻撃をしてきた訳だ。
『ふふん。それでどうするつもり?』
奴が攻撃をしてきたのは教会の鐘楼だ。あいにくとドラゴンベインに搭載した武装では射程外だ。近寄ろうにも、後一発でも喰らえばシールドが破られてしまうような状況――俺が出来ることはドラゴンベインから降りて、生身で進むことくらいだろう。的が小さくなる分、教会のような建物に近寄れる可能性は、ぐっと高くなる。
『セラフ、頼む』
『ふふん。任せなさい』
だから、セラフに任せる。
そして――
グラムノートの一撃が鐘楼を撃ち抜く。鐘楼を支えていた柱の一つが折れ、崩れる。吊り下げていた鐘が崩壊に巻き込まれ、ゴーンと鈍く大きな音を響かせていた。
気付いたか、気付いていたか? 見えたか、見えていたか?
射程内ならセラフは機械のように精密な射撃が可能だ。精密すぎて狙いがバレバレという弱点もあるが、今回は問題無いだろう。
グラスホッパー号に搭載したグラムノートによる一撃。
カスミはオフィスで待機している。だが、グラスホッパー号まで待機させるつもりはない。
この狙撃手が、俺達がクルマを遠隔操作出来ることを知らないと仮定しての作戦。それが見事にはまった。
グラスホッパー号のシールドでは狙撃に耐えられない。だから、ドラゴンベインが囮になり、注意を引き、回り込ませたグラスホッパー号で攻撃をする。セラフが、ここの領域を支配したことでキノクニヤ全域で遠隔操作が可能になっている。だが、それでも過度な遠隔操作はマザーノルンに気付かれてしまう可能性があった。
『この策がはまったということは……』
『ふふん。リバーサイドにマザーノルンの手は伸びてないってことでしょ』
俺はドラゴンベインを動かし、教会のような建物の前まで進める。狙撃は無い。
『殺したのか?』
『ふふん。まさか。でも、攻撃が出来ないようにしたから』
教会のような建物の屋根の上にある鐘楼だったものを見る。グラムノートの一撃によって、鐘楼は崩れ、鐘を囲むように瓦礫が積み上がっている。狙撃手も瓦礫の下敷きになっている可能性は高い。
俺はドラゴンベインの砲塔を動かし、教会のような建物を狙う。何発か撃ち込めば倒壊させることも出来るだろう。
さて。
教会のような建物を150ミリ連装カノン砲で狙ったまま、少しだけ待つ。
すると教会のような建物の扉が開いた。
『やっとお出ましのようだ。少しは会話が出来る奴だといいんだが』
『ふふん。そうね』
そこから現れたのはいかにも修道女という格好をした若い女だった。こちらを睨むように見る女の目は猫のように縦に長い瞳孔をしていた。
獲物を狙うかのような猫目の鋭い眼光。
これは猫? いや蛇にも見える。
「こんな夜更けに……ここは寄る辺ない子どもたちの安息の場。武器を持った人たちが来て良い場所ではありません」
猫目の修道女がそんなことを言っている。
「そちらから攻撃を受けてね。俺は受けた分は返すことにしているのさ」
俺はドラゴンベインに乗ったまま修道女に話しかける。
修道女の後ろにいくつかの気配がある。
「ご用件は報復ですか。あなた方のような力で物事を解決しようという輩が消えないから、私たちも武器を持つしかないのです。これは守るために主より与えられた使命。私たちは戦いたいのではないのです。守りたいのです。守るためには力を見せることも必要でしょう? 私たちは力には屈しませんよ。あなた方が力で報復を考えるというなら、こちらもそれなりのお返しをしましょう」
修道女のどうでも良い自己肯定な言い訳を右から左に流し、俺は肩を竦める。
「用件は――」
俺の言葉によっては修道女の後ろに隠れている奴らが武器を持って飛び出してくるだろう。ここはミュータントの戦士を鍛える教育機関だ。それなりに厄介な奴らが揃っているはずだ。
『クルマに乗って主砲で狙っているからと安心出来るとは限らないだろうな』
『ふふん。熱源を感知出来ないようね。そういう装備をしているんでしょ』
ここの連中はかなり良い装備をしているようだ。
ますます厄介だ。
「クルマを返しに来た。シンという男を知っているか? その男が使っていたクルマだ。不要だと言うなら、俺が貰う。用件はそれだけだ」
俺の言葉を聞いた猫目の修道女が口をぽかんと開き、間抜けな顔をさらしている。
「……あなたは何を言っているのですか」
「あんたが聞いた、俺がここに来た用だ」
随分と遠回りをしてしまったが、俺はここに戦いに来た訳ではない。シンのクルマを返しに来ただけだ。
もちろん攻撃を受けた分は返すつもりだが、それも終わっている。
『あら? あの程度で満足なの?』
『俺も鬼灯も生きている。オフィスのマスターはぶっ壊されたが、大した問題ではない。とりあえずはこれで充分だ』




