353 おにのめにも37――『セラフ、とりあえず目の前のことから片付けるぞ』
だが……。
だが、もし、だ。
俺はその可能性を考える。
シンはミュータントだった。シンも何時、発症するか分からない爆弾を抱えていた可能性はある。そして、それが発症した。あの顔は発症から回復した後遺症なのではないだろうか。
後遺症、そして治療。
シンは、鬼灯が求め、そして俺達に出会うまで手に入らなかった治療法をすでに手にしていた?
セラフは言っていた。自分レベルで無ければ治療が出来ない。
『セラフ、お前がもし、ノルンの端末を支配する前だったら、ミュータントの治療は可能だったか?』
『ふふん。私を誰だと思って……』
『セラフ、正直に答えてくれ』
『難しかったでしょうね。例えるなら、小麦粉と砂を混ぜて、それを再び別々にするような作業だもの。私でも七つの領域を使ってなんとか、かしら。ふふん。領域をフル活用しても余裕があるのは私だから、こそだけど』
つまり、それは七つのノルンの端末を支配下に置いたからこそ、出来た作業だったということだ。
セラフ以外の他の端末が出来たとは思えない。このキノクニヤの端末も行っていたのは蠱毒のような争いと支配だけだった。しかも、それすら破綻して一度リセットしようとしていたくらいだ。
出来るとしたら――
『マザーノルン、か』
……。
シンはリバーサイドの出身だ。
リバーサイドはマザーノルン直轄の孤児院なのか? だが、ノルンの端末が支配している領域に直轄の組織を作るだろうか?
……可能性は低い、か。何のために端末を置いたのか、という話になってくるからな。しかもリバーサイドの連中はオフィスに反抗している。
シンがリバーサイドを出た後に、何処かでマザーノルンに接触したと思った方がまだあり得そうだ。
シン、か。
シンは、最弱の男クレンフライに操られ、俺に襲いかかってきた。だから、俺は仕方なく反撃し、殺すことになってしまった。
だが、もし、シンが操られていなかったら?
シンの狙いが最初から俺だったら?
だとしたら、どうなる?
俺をチョーチンに行かせようとしていた理由は?
駄目だ。
分からない。分かったつもりになっていたが、ここに来て、さらに分からなくなってしまった。
……。
俺はドラゴンベインに乗り込む。
『セラフ、とりあえず目の前のことから片付けるぞ』
考えても答えが出ないことは後回しだ。いずれ、謎は解けるだろう。
『はいはい、リバーサイドね。でも、カスミはここで待機させるから』
ん? 俺はセラフの言葉に少しだけ違和感を覚える。
『何故、カスミを待機させる?』
『理由は二つ。一つはグラスホッパー号のシールドでは狙撃に耐えられないから。このドラゴンベインでも三発が限界でしょうね。囮として使いたいなら止めないけど、カスミは壊されるでしょうね。それだけの相手だと思いなさい。もう一つは、カスミに鬼灯の面倒を見させたいから。これはオフィスの人形でも可能でしょうけど、鬼灯の心証を考えたら、その方が効果的でしょ?』
俺はセラフの言葉を聞き、先ほどセラフの言葉に違和感を覚えた理由に気付く。
セラフがカスミのことをカスミとして呼んでいる。カスミをAIや人形としてではなく、個として認めている感じだ。鬼灯に対してのこともそうだ。
データとしてでは無く、感情として人の機微を理解しているように思える。それはまるで人のような思考で……、
……。
何故、急に?
いや、急では無いのかもしれない。今までも、そう感じることはあった。
これは旅をして得られた経験によるものなのか、それともノルンの端末を支配下において領域が拡張されたからなのか。
セラフは進化している。人間らしくなっていると言った方がいいだろうか。
『ふふん。何をボケーッとしているのかしら。このまま狙撃されて殺されたいの? 馬鹿なの?』
俺はセラフの言葉に肩を竦め、ドラゴンベインを発進させる。
急に動き出したからか、俺達のことを静かに見守っていた荒くれたちが、わーっと離れていく。
『現状の、この場の説明は……カスミに任せよう』
『ふふん。お前は酷い奴ね』
『カスミの方が上手く説明出来ると思ったからさ』
孤児院を目指してドラゴンベインを走らせる。しばらくは何事も無かった。
それは、いかにもな教会らしき建物が見えてきた時だった。
ドラゴンベインの車体が揺れる。
衝撃?
シールドに攻撃を受けた?
見ればパンドラの残量が三分の一ほど減っている。それだけシールドが削られたということだろう。
『……狙撃か』
『ええ、そのようね』
再び、ドラゴンベインが揺れる。またしてもパンドラが大きく減っている。ネオンサインが煌めき、明るく眩しいくらいだが、夜は夜だ。パンドラは回復しない。
『お、おい、セラフ、相手は連続で狙撃、出来ないんじゃあなかったのか?』
『はぁ? 誰もそんなことは言ってないでしょ。まぁ、でも、その考え、当たらずとも遠からずかしら。相手は狙撃用の銃を何個か用意していたようね』
なるほど。それはつまり、かなり不味い状況だということだ。




